窓の外では、空から白いものが落ち始めていた。

Eve〜イブ〜

こいつに「雰囲気」というものを求めても、無駄だ。
そう、金子光伸は理解している。
だから彼は最初から何も望まないのだが、アレだ。
「メートヒェンには、何か贈るのか?」
そう声をかけてみても、低い声で同室の相手は答えるだけ。
「・・・別に、何も。」

そんなんだから、ちっとも発展せんのだ!と光伸は、心の中で舌打ちをした。

***

クリスマスを祝うという習慣は、一般的には普及していない。
だが、「彼」は知っているだろう。
彼の傍にいる、貧乏作家は西洋人だから。
そしてその青年・・・繁は、イベントにかこつけて、「彼」からご馳走なり 何なり、ねだるに決まっているから。
だから光伸は憲実に、いい機会だからお前も、彼に贈り物をしろと告げた。
光伸がクリスマスという行事を知っているのは、書物で見たからである。
そこらの同級生に教えてやるつもりはない。
言えば寮の窓ぎわじゅう、見るもむざんな汚ない靴下の列が出来るに決まって いるからだ。
彼らの望みは女、女、女だろう。
・・・一部、硬派の人間は違うとしても。
どっちにしろ、そんな欲望にまみれた願いを、贈り物を配って周る妖精は、 叶えてはくれないだろうが。

光伸は、冷えて曇りはじめた窓硝子に、身を寄せた。
外は、雪がひどくなってきている。
自分は多くを望んでいない。俺に贈り物をよこせ、と言ったわけじゃない。
お前は、あのひとを見ているがいいさ。
俺は、そんなお前を見ている。
贈り物をしろと言っても彼が乗り気でないのは、そういった習慣になれて いないからだろう。
決して、己に遠慮しているからではなく。
それはそうだ。勝手を言って「寄った」のは、自分だけなのだから。
「・・・・。」
光伸は意味もなく、横を向いた。
何だか、腹が立ってきた。
あの唐変木め。こちらが応援してやっているのに、それを無視するとは 何事だ!
ダンと窓枠を叩くと、出て行ったはずの憲実が、戻ってきていた。

「何だ、彼に贈る品物を調達しに、街へ行くんじゃなかったのか。」
腹ただしげに、光伸は告げた。それに対し憲実は、「いや。」とだけ 答えて、その後ずいぶん「溜める」。
何か言いたいことがあるのだろうに黙っている彼を見て、光伸は窓から 離れて、相手に近づいて尋ねた。
「言いたいことがあるなら、さっさと言え!」
すると憲実は観念したのか、今まで右手後ろに隠していたものを出す。
それを見て光伸は、一瞬呆けた。
「・・・・何だそれは。」

「凍り餅、だが。」

そう彼は、端的に答えた。
光伸はそれを、知らないことはなかったが、実際見たことはなかった。
餅を四角に切って、寒空の中縁側などに吊り下げ作る、保存食のような ものである。焼くと硬さが元に戻る。
憲実の持っているそれは、紐でくくられており、白い餅が大半で、 よもぎでも入っているのか緑色のものと、紅ででも染めたのか赤いものも見える。
「・・・・・。」
光伸は黙ってしまった。しばらくしてから彼は聞いた。
「それをメートヒェンにやるつもりなのか?」
「いや、これはお前に。」

憲実は、凍り餅を差し出す。赤と白と緑のそれは、憲実本人は知らなかった だろうが、クリスマスのオーナメント(飾り)のように見えた。
寡黙な青年は、少しずつ話し出す。

「何せ贈り物など、そうしたことがないのでな。
街へは行ってみたが、つい、正月に向けての準備品などを買ってしまった。」
赤と白の揃った餅は、縁起が良さそうだ。
光伸は黙って、凍り餅を彼の手から奪い取った。

こいつに「雰囲気」というものを求めても無駄だ。
そう、金子光伸は理解している。
だが相手が珍しく、自分から体を寄せて、
「冷えるが、こうやっていると暖かいな。」なんてつぶやいた日には、

俺は靴下を吊るさなくとも、天から贈り物を貰えたのではないか、と思えてくる。


<了>



薔薇メルマガより、加筆訂正して再録。
クリスマスネタでした。
ついになっている「雪」も見てくださると嬉しいです。2004.2.13


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