僕は 兄さんが 嫌いだ

   Gemini 〜ジェミニ〜

「・・・・・。」
金子照秋は、この場に何故、彼がいるのかと思った。
彼というのは、実の兄の光伸のことだが。
光伸は今、応接間の長椅子に、だらりとその長い足を投げ出して、寝そべっている。
正確には、眠っているのだろう。
ここは実家、普段学生として寮生活を送っている光伸にとっても、「家」であることは 間違いないのだから、くつろぐのは問題ない。
何故「今」、ここにいるのかと思っただけだ。
まだ、水無月の初旬だ。夏休みではないはず。
家が嫌いなはずの兄が、帰ってきていることに、単に照秋は驚いていた。

驚いて、少し目を見開いた状態のまま、ソファの上の相手を眺めた。
光伸は今瞳を閉じているので、自分の兄が、随分長い睫毛をしていることに気付く。
気付いたが、無論何も言わずに、そのままずっと彼の人の顔を眺めていた。

***

夕食時。勿論起きてきた兄と、照秋は出会う。
どうやら彼がここにいるのは、照秋自身の誕生日を祝うのに、両親が呼んだから、らしい。
照秋は誕生日など忘れていたのだが、長兄大好きな妹は大喜びだし、両親も満足そうな顔をしている。
だから、別段言う事は無い。
学校の様子などを聞くのは、母親の役割であるだろうし。
「彼」に投げかける、言葉がなかった。
照秋はちらりと横目で、兄を見る。
そう歳は違わないのに、大人びた表情の光伸は、いつもの薄笑いを浮かべていた。
楽しいのではない。嬉しいのではない。
単に、感情を取り繕っているだけの、柔らかな微笑み。
照秋は、そんな顔を出来る、兄が嫌いだった。
憎らしかった。

僕は 兄さんが 嫌いで、

***

翌日も光伸は金子家に居て、寝心地が良いのかまたソファに横になっている。
学校に戻らなくていいんですか、と、心の中で呟いてみる。
決して声には出さなかった。
照秋は、目の前の男に、一刻も早く帰ってほしかった。
彼自身も、この家が好きではないことを、知っていたし。
むさくるしい寮の部屋の方が、よほど心地よい彼の「城」であるだろうと思う。
照秋は、光伸に帰ってほしかった。
目の前から、消えてほしかった。
彼が居ると、自分の精神状態が持たない。

・・・「己の存在理由」などという、大それた問題を考える人間は少ないが、
照秋は、今まで何度も其れを考えた。
自分が居る理由。何を為すべきか。
それを考えていくと、必ず突き当たる壁がある。
兄の、光伸だ。
彼がいなければ、少年が悩むことも無かっただろう。
だが事実、金子家には長兄の光伸という男が存在して。
照秋は、彼の弟で。

「・・・・・・・・・・・。」
無言で、眠っている兄の顔を睨んでみた。
跡継ぎに、なりたいわけではない。欲しいものはそれではない。
ただ、彼を見ていると、どうしても「すっきりしない」。
長めに灰青色の髪を伸ばした、綺麗な顔をした光伸。
成績も優秀だと聞く。健康状態も今では良好だ。

衝動的に、ソファの上の人の、首を絞めてしまいたくなる。

照秋は賢い子供だったから、決して実行には移さないが。
ただ、そうすれば目の前から、彼が消えると思ったので。
目障り、というわけではない。
ただ、彼が居なくなれば良いと思ったのだ。
居なくなれば。居なければ。
いなければよかったのに。

僕は 兄さんが 嫌い・・・

「起きないんですか」
声を出して、照秋は尋ねた。
たぬき寝入りをしているのか、はたまた実際眠り込んでいるのか、光伸は返事をしない。
「兄さん?」
照秋はこの敬称があまり好きでは無かったが、あえて使って、そう言った。
やはり光伸は、返事をしなかった。
邪魔な存在。
一般的に見れば、そう表現されるかもしれない。
事実、照秋は兄が嫌いだったが、理由は、他人が思うより複雑だ。
兄が、居なければ良かったと思う。

僕は 兄さんが

照秋は己の唇で、光伸の口を塞いだ。
ここまま窒息死すればいいのに、と馬鹿なことを照秋は考える。
薬物か何かで意識が朦朧としていない限り、普通に寝ているのならこういう場合、「起きてくる」。
当然、光伸もむせながら体を起こした。
何があったかは、分かっているらしい。
「起きたんですね。」と、呆けたように尋ねる。
光伸は何も言わずに、目の前の少年を眺めていた。意味を考えているのだろう。
意味なんて、ひとつしかありませんが?と心の中で叫んでみる。

この、光伸という名を与えられた個体が、血の繋がった兄弟で無ければ。
どんなに良かっただろうと照秋は思う。
そう、古めかしい表現だが、散財を投げうって得られるものならば、
どれだけの尽力をしたことだろう。
・・・どんなに想っても手に入らない、もどかしい存在。

兄が居なくなればいいのに、と思った。
それは「死ぬ」という意味では無く。
もしそんな事態が起これば、さしずめ双子座ジェミニの伝説のごとく、
「弟は、死んだ兄を思い、神に復活を懇願しますが。」
そのような愛は望んでいないと、分かってはいるけれど。

あぁ、兄さん
僕は 貴方が・・・

<了>

2005.06.05
照秋くんお誕生日おめでとうSS。あんまりおめでたくない内容ですが。
照秋くんって絶対、変な風に光伸が好きだろうなぁ、と思って書きました。
6月1日がバースデーの、ふうりえさんに捧げます。


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