噛み付かれた
慣用句としての意味ではなく、言葉通りに

hysteric 〜ヒステリック〜

***

校門近くで、見慣れぬ少年と話している、奴を見た。
いや、見慣れぬといった表現は適切で無かった。
紹介された訳ではないが、あれが誰であるか、想像はつく。
西洋風の上下を身に纏った、細面の少年。
顔立ちも、あれに似ている。金子の弟だろう。
確か、照秋という名前だったはずだ。
その彼が、金子と何やら話をしていた。

彼らが接触しているのを見るのは、実は初めてではない。
前にも見かけたことがある。
自分に知られると、ばつが悪いかと思って、本人に直接言うことは無かったが。
遠くから見かけただけで、話の内容は勿論分からぬ。
但し、何か困り事なら、そして其れが俺に手伝える類のものであるならば、
金子は、自ら告げてくると思うから、こちらからは尋ねないでおく。

寮の自室に戻り、数分すると金子も帰ってきた。
3年に進級してから、俺は奴と同室となった。
違う部屋を取っていても、結局は押しかけてくるのだから、 最初から同室になっていた方が、秋田のような被害者を出さなくて済む。

目の前の端正な顔立ちの男は、その瞳が、夕暮れ時の空の色をしていた。
彼のその目に気を取られている隙に、奴は、俺の両肩を掴んだ。
そして、まるで野犬のごとく、首筋に噛み付かれた。


「っ・・・ッ!!・・」
痛みもあるが、何より金子が、錯乱状態に陥っていることが問題で。
奴の頭を両手で抱えて、自分の首元から引き剥がした。
相変わらず、金子の瞳は奇妙な色合いをしている。
これは何だ、精神的な病の類か。
俺には分からなかったが、とにかく、奴の身に変調があるのなら、 この部屋から出してはいかん。

俺に頭を掴まれたままの金子は、特に暴れるわけでもなく、
かといって、何も喋らない。
俺は、「作戦」を代えてみることにした。
こめかみを押さえていた手を外して、手の甲でピシピシと軽く頬を叩く。
そして、名を呼んでみた。
「金子、・・・金子。」

聞こえているらしく、虚ろな目のまま、声に幾度か小さく反応する。
しかし数回声をかけたところで、目の前の男は突然叫んだ。

「・・・っ!・・おれは、そんな名ではなーい!!」

お前の名に間違いは無いはずだが、と呟きそうになるのをこらえて、 彼の、言葉の真意を考えた。
若干、言葉遣いが子供っぽいような気もした。
こどもがえりをしているのかもしれない。
だから、人に噛み付くなどという攻撃的な反応を見せるのだとも考えられる。
俺は頬を叩くのを止めて、目の前の男の、頭に手を乗せた、
多くの大人が、子供に愛情を込めてやるように。
そして俺は、こう口にした。

「光伸。」

明らかに反応は違い、その声を聞いてから、奴はまばたきを数回した。
今まで、不自然に目を開きっぱなしだったのだ。
そのうち虹彩に光が戻り、目の前の男は、金子に戻った。

「あ、あぁ・・・・。」
落胆したような息を吐く。
そのあと、目を長く開けていたのが祟ったのか、彼は一すじの涙をこぼした。

***

6月の始めに、弟が訪ねてきた
僕の誕生日祝いをしますから、兄さんも帰ってきて下さい、と
祝いをするという、その言葉に偽りは無いのだろうが、
一緒に行われるであろう儀式に、参加したくなかった
最高学年にもなれば、卒業はもう間近だ
父親の声が想像できる。「お前に、金子家の全ての権限と、責務と、財力と・・・

ともかく金子は、「家から逃れたい」という強い圧力に晒されたのだろう。
それが一時的なものか、これからもずっと持ち続けるのか、俺には分からぬが。
心理的に追いつめられて、心惑わされたということだ。

自身の寝台に腰掛けて、金子は言った。
「その首筋の跡・・・俺が、やったのか?」
あぁと小さく肯定すると、金子はすまないと謝罪した。

「気にするな。大した傷ではない。」
そこまで言ってから俺は、ふと思いついたので付け足した。
「他の理由で、首すじを隠さなければいけない事も、日常的にあるだろう。」
「・・・・。」
しばらく考えてから金子は、俺の言葉にクスクスと笑う。
立ち上がって、俺の横まで移動し、腰掛けて奴は言った。

吸血鬼ヴァンパイアみたいだな。」
「ヴァンパイア?何だそれは?」
「西洋の小説に出てくる魔物さ。
美女の生き血を求めて、その首筋に食らいつくんだ。」

俺は美女ではないぞ、と呟いたが、それ以上の言葉は唇を封じられたので、言えなかった。


噛み付かれた
今度は優しく、慣用句としての意味合いで

<了>

2006.06.12
キャラ誕覚えないタチなのに、照秋君のバースデーだけは忘れないんですよね。
一応この話は金土ですが、そう決めているのは、最初えっちシーンを書こうと思っていたからです(笑)
まー別に、土金でも金土でも構いません。お好きなように読んで下さい。(作者の私は、土金寄りのリバです)
いらないかもしれませんが、6月1日生まれのふうりえさんに、また押しつけます(笑)


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