光伸は、彼自身の寝台の上で、壁側を向いて横になっている。
さっきから何も喋らない。体調不良ではないようだが。
憲実は元々口数が少ないから、青年二人を介したこの寮室は、さっきから異様な静寂に 包まれている。
何か言え、と。
そう、互いに思っているのは明白だが、どちらもそれを仕掛けない。
何を言うことがある。
そう、二人ともが強く感じている。

喧嘩をしたわけでもないのに、何故こうも離れているのか。
相手に気付かれないようにため息をついて、光伸はそう思った。
・・・もっと彼の、近くに寄りたい。
光伸は、いつも思っている。
それは、立つ場所などの物理的な距離であったり、
こころの問題であったり。
違いの多い自分たちには、くさい台詞であるが「歩み寄る」ことが重要だと思っているから。
でも今彼は、憲実は、己にとっては理解不能な言葉を投げかけて、 自分達の間に、ひとつ線を引いてしまった。
風邪をひいたふりでもすれば、優しい彼は、自分を気遣う言葉をくれるだろうが、 光伸が今欲しいのは、それではない。

光伸は、正確な答えが欲しかったのだ。
偽りではなく、真実の答えを。
憲実が、己に求めたものを。
土田、お前は何が欲しいんだ?
何を求めている?

横になっていた青年は突然ガバッと起き上がり、その顔を同室の男に向けた。
その様子に憲実は一瞬驚いて、それからすぐに穏やかな笑顔を浮かべる。
最近よく、この男はそういう風に笑う。
幸せそうに笑う。
それが光伸は、内心気に入らなかった。
彼が、幸せそうに笑うので。
幸せそうに。
こちらが、これほど精神的に憔悴しているのに。
幸せそうに、笑うので。

憲実がそんな顔を見せるようになったのは、光伸が居たからなのに、
彼自身は、それに気づいていない。
光伸もまた、若かったから。

「土田。」

出来るだけ普通の声を上げて、光伸は相手の名前を呼んだ。
何だ、と小さく答える彼。
もう、聞いてみるしかなかった。
彼が「誰のため」に行動したのであれ、
結果、未だ想いを引きずっていることを、再確認しなければならない事になっても。
すっきりしない今の状態よりは、よほど良いと思えたから。
正反対の性質を持つ彼の事は、理解できたと思っても、すぐまた不明な点が出てくる。
数式のように、明確に解けたものではない。
「土田。」
もう一度名を呼んで、光伸は一歩彼に近づいた。
憲実は、いつもの「仏頂面」に戻っていた。
それが少し、光伸の心を軽くさせた。


   ...Iwant it.


どうやら金子は、昼間自分が告げたことの、本当の理由が知りたいらしい。
やめてほしいからやめろと言ったのだという、答えにならない言葉は要らないと。
憲実はそう理解できたが、やはり口に出すのをためらった。
元より、言えるものならば、最初から素直にそう告げている。
焦らす、なんて手法が憲実に存在しないことぐらい、光伸自身も分かっているだろうに。
しばらく二人の間には沈黙が続いたが、観念したのか憲実は、少し横を向いてから、 彼にしては小さな声で、こう告げた。
「笑うな」と先にくぎをさしておけば良かったと、彼は後で思った。

「金子、お前は・・・俺が昼間、”煙草をやめろ”と言った理由を、訊きたいのだろう?
あの、だな。お前が煙草を吸うと・・・・・


















・・・・口付けた時に、苦くて参る。」



憲実は、下を向いてしまった。
恥ずかしい。
恥ずかしいから、言いたくなかったのだ。
何という理由だ。
告げること自体も恥ずかしいし、おかしな理由だということも、理解している。
憲実は、自分の顔が赤く染まっていくのを感じ取れた。

そして光伸の方はどうかというと、彼はやはり呆けていた。
昼間、倉庫であった時と、同じように。
しばらく瞳を大きくしたまま、うつむき加減の相手を眺めていた。
そしてじっくり彼の真実の言葉を吟味した後、口元に手を当てて、笑い始めた。
「あはははははははははは!!」
「わ、笑うな!」
慌てて憲実は言い返した。
笑いたくなるような話だという、自覚はある。
だが憲実は、光伸に笑ってほしくなかったのだ。
嘲笑ってほしくなかった。
女々しいと蔑むことを、してほしくなかった。
それは、彼と、光伸とは常に対等に、同じ位置に立ちたいと思っていたから。
入学してすぐのストームの頃より、彼は只者ではないと、気付いていた。
名前だけ並べたてられた双璧ではあったが、互いに歩み寄ることをしなかった。
しかし今、自分達二人は確実に並んでいて。
その関係を、崩したくなかったのだ。

いつの間に、この状態を心地よいと感じるようになったのだろう?
人のこころは変わるものだと、素直に納得できる。

相変わらず光伸は、くすくす笑っている。
いい加減やめんかという彼の頭を、憲実は軽くこづいてみた。
やっと笑うのをやめた光伸は、笑って出た涙を自分でぬぐってから、目の前の男に向かって、言う。
「すまんすまん、分かった。分かったよ。
当分、煙草を吸うのはやめる。それでいいだろう?
俺の可愛いリーベ。」
だからふざけるのはよせ、と言う憲実に、別にふざけてなどいないが?と言う光伸。
「これからは、思う存分口付けてもいいぞ?」
そう付け加えてから笑う青年に、憲実は内心とても腹が立っていて、




ふいをついて、思い切り口唇を吸ってやった。




「・・・・ぁ!?」
光伸は、意味不明な声を上げる。
ざまあみろ、と憲実は珍しく思った。
おそらく彼が、一生のうち一回だけ使った、感情だ。
気が晴れた。
それは光伸も同じだったのだが、憲実は気分がスッキリしたので、
座り込んでいる青年が嫌いな、あの微笑を浮かべて、部屋を出ていった。



望み
望みを
望みを遂げたい
望みを遂げたいのだ
今すぐに




彼が太陽のように笑う様を見ていたい


<了>


2004.01に出した同人誌からの再録です。
QUEENのI Want It Allという曲をイメージして書きました。2005/05/26


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