するなと言われても、気になるものは、なるのだ。
己とて人間、情というものがある。
彼が、とても、心配で。

「軟膏」 ナンコウ

最近、光伸の様子が気にかかる。
以前から、気にしていなかったわけでは無いけれど。
光伸の「調子」が気にかかる。
正確に言うと、腰の調子が。

あれはああいう奴なので、夜になれば毎晩と言っていいほど、自分の部屋に、 無茶をしにやってくる。
まぁ、それ自体には、悲しいかな随分慣れてしまったのだが、奴のほうは、 大丈夫なのだろうか。
何とは・・・早い話、下の方だが。

元々、腺病質を気取って面倒くさそうな運動をさぼっていることがある。
身体が重いのだとか何だとか、そういった不調があるのかどうか、分かった ものではない。
かといって、本人に聞いてみることも出来ん。
・・・・・・・・・・。

憲実がそう悩んでいると、他人からひとつの救いの手が差し伸べられた。
それが彼にとって、「助かったか、助からないか」は別として。

***

軟膏の入った、壜(ビン)を渡された。
これをどうしろと言うのだ、あの男は。
そう、憲実はつぶやく。
あの男とは、今まで全く面識の無かった、養護教諭の男性である。
彼はまったくもって健康体なので、そんな人間のお世話になった試しはない。
だから面識がないのだ。

しかし向こうの方は、あの剣道場での一件があったから、「彼ら」を、知っ ている。
そして何やらその養護教諭自身が、いわゆる硬派な学生たちと、同じ嗜好を 持っているようで。
まぁ、中身は軟膏なのだから、使い道は「塗る」しかない。
治療というか予防というか、とにかく塗るものだ。

土田憲実という男は、ともかく鈍感に見られがちだが、これを彼の目の前に 差し出したら、光伸がどういった反応を見せるか、十分に理解できた。
怒り狂う。
やつは怒り狂うと、憲実は思った。
少なくとも自分がその立場だったら、そうする。
その前に憲実なら、同級相手に、毎日夜這いをかけたりはしないが。
しかし、この壜をどうする。


悩んでいるうちに、その日も夜になってしまった。
憲実はとりあえず例の壜を、男らしく隠さずに、寝台脇に置いたのだが、当 然のごとく、光伸はそれに気づく。
「何だこれは。」と彼は言った。

「軟膏だ。」と憲実。
「そんなもの、見ればわかる。」と光伸。
「そうだな。」と憲実は言ったきり、次の言葉を告げようとはしない。
不審に思って光伸は、彼の両頬に手を添えてから、尋ねた。
「つ・ち・だ。これは何だ。どうした。」

貰った、と青年が呟くと、光伸はニヤリと笑った。
彼は言う。

「はぁ、そうか。お前のことだ、この俺の身を案じて、塗り薬なんぞを用意し てくれたんだろうな。
しかし土田、そんな心配はしなくていいぞ?
俺ばかりが傷んで可哀想と思うなら、たまにはお前が下になってく れればいい。」

そして光伸は、目の前の男を組み伏せて、壜の中身を取った。

           教訓:互いにやれば2倍楽しい。

<了>


リバーシブル推奨!
2004.3.28再録


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