背負い子

今日は、俺の誕生日のはずだ。
それが何故、
何故、このような仕打ちを受けなければならない?

***

雪山を登る、・・といってもたいした高さの山では無く、こだかい丘程度のもの なのだが・・そこに冬季散策に行った。無論、授業の一環でだ。

その時、雪に足を取られて、捻挫をしてしまった学生がいる。
名前を、金子光伸と言う。
彼は「おぼっちゃん育ち」だから、そんな滑りやすい場所を歩いたことなどなかったのだろう、 と周りの学生は、はやしたてた。

さて、当の光伸は、周りが騒ぎ立てる内容の真偽はともかく、単純に歩けないの で、困っていた。
普通ならこういう時、体格のいい教師などが肩を貸してくれる のだろう。
しかしあいにくと、引率の教師は、小柄で年老いた人物である。
そして光伸は、転倒よりさらに恥ずかしい目を受けなければならなくなる。
同じ理乙の、背が高く体力もある男子学生に、「おんぶ」をされた。
背負われたのだ。
ありがたくも、そんな手伝いをしてくれた学生の名前を、土田憲実と言う。

「土田、歩ける。降ろせ。」
同じ台詞を、何度言っただろう。
そのたびに憲実は「分かった。」と言って、そのまま歩いていく。
分かった、ではない。と、背の上の青年は思った。
理解したなら降ろせ、と叫びたいくらいだ。
実際降ろされると、自分の力だけでは歩けないので、それはそれで困るのであ るが。

憲実は、ひと一人背負っているのに、別段変わらない歩調で、歩いていく。
当然のごとく、触れた背中が温かい。
使い古された学生服だから肌触りは良くないが、温かだ。
そういえば己は、幼い時期にだって、こうやって「おんぶ」されたことは無いの では、
と、光伸は考えた。
父は忙しい人だったし、母は「夫人」の役割は果たしていたが、子の面倒は特に 見ていなかった。
乳母がいたが腰が悪く、弟妹を背負いあやしていた光景だって、見たことは無い。

「重くないか。」
愚問だが光伸は、今度はそう尋ねてみた。思った通り、端的な答えが返ってくる。
「いや。」
それ以上は、何も口にしない。
寡黙な男だ。憲実のそれは今に限ったことではなく、普段からだったが。

続ける言葉が無くなってしまったことに焦り、光伸はあれこれ考えをめぐらせた。
特に話すべき事柄が見つからないのであれば、黙っていれば良いのだ。
しかし今は、沈黙が苦しい。
だから光伸は、必死に”文句”を探している。

意外にも、静寂を打ち破ったのは憲実の方だった。
「昔・・・。」
彼は「昔」とつぶやいた。光伸にもそれは聞こえたのだが、意味を問うように聞き返す。
「昔?昔、何だ?」
黒い短髪の男は、ゆっくりとこう答えた。

「・・・昔、弟や妹を、こうやって背負って、散歩に出たのを、思い出した。」

郷愁、だろうか。
また、己が、彼から「世話のかかるこども」だと思われている、
・・・のかもしれないことに気付く。
背負われている男は、小さく笑った。
否定は、しない。
昨日まで同じ歳で、今日、1つ年下になったこの男に、自分は随分甘えている。
前方で組んでいた手を少しずらして、学生服の襟に指をつっこんだ。
「やめんか。」と憲実は、小さく言った。


一緒に歩こう
物理的な距離も、心根も全部、傍がいい

<了>


光伸、誕生日おめでとう。2005.12.16


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