「少しの興奮剤」

・・・Luva(22)/Dia(17)




「おや、ディア。こんなところで読書ですか〜?」

そう、ルヴァは尋ねた。若い女王補佐官が、庭園の噴水の近くのベンチで、 その手に小さな本を持っていたからだ。
えぇ、と桃色の髪の彼女は答えてから、ルヴァ様、と言ってから「ルヴァ」と 言いなおして、反対に尋ねた。

「貴方は・・・釣りですか?」

彼は、そのような用具を持っていたので。でも、つりあげた魚を持っている様子は なかったので、どうやら「坊主」(釣りで、魚が全く釣れなかったこと)だったようだ。
まぁ・・・、とルヴァは、釣れなかったのが見てとれるので、少し照れながら答えた。

それは、特に意味のある誘いではなく。
意地の悪い言葉で言えば、「挨拶程度の誘い」
”お茶にしませんか?”

***

ルヴァは、お茶というものが好きである。
飲み物自体も好きだが、お茶を飲むという「空間」が好きだということも出来る。
庭園のカフェテラスの、2人のテーブルには、カップと少しの菓子。

ふふ、と笑いながら、紅茶のカップに口をつける彼女。
ディアが笑ったのを、久しぶりに見たと地の守護聖は思う。

・・・・・・?

久しぶりに見た?確かに、今、そう考えた。
違う、ディアはいつだって微笑んでいる。笑っている。
なのに、何故自分はディアの笑顔を「久しぶりに見た」と思ったのだろうか?
ふいに相手と目があって、思わずルヴァは顔を背けてしまう。

「どう、しましたか。」

彼の様子に、ディアはそう声をかけたが、「何でもありません〜〜。」とルヴァは ごまかした。

他愛の無いことで、話を続けたいのに。
言葉が、見つからない。
だからつい、自分にとっては楽しくとも、他人にとってはつまらない話をしてしまう。

「紅茶やコーヒーには、カフェインが含まれていましてね〜。
このカフェインというのは、中枢神経を刺激興奮させる効果と、利尿作用と、 脂肪燃焼効果がありまして〜。」

言いながら、自分で慌てている。
そんなルヴァの様子に、ディアは普段通り、にっこりとして、「そうなのですか」 とだけ言う。

一般的にいえば「失敗」だと思われる、”今日”。
それでも女王補佐官の彼女は、
「楽しかったですわ。またご一緒させてくださいね。」
と微笑んで、言った。

***

「失敗だった」とルヴァは反省している。
デートではないとしても、女性とお茶を飲んでいて、あの話題はないだろう、と ルヴァは思っている。
思ってから、「で・で・で・デート?!」と、照れながら否定している。
だから、デートではないのだろう?とつっこんでやりたいところだ。

今度こそは、もっと「マシ」な話題を。
カティスのように、「やぁ、花のようにかわいらしいお嬢さん」とか、 気の利いた台詞を言えたらいいが、それも無理なので。
自分に出来るだけの、”素敵なエスコート”を。

・・・それはデートの時に気にすることだ、と他人が見たら思うだろうが。

***

ということでルヴァは、結局のところ、
相手の好きそうな話題の「情報」を集める、ということしか出来なかったのだ。
おそらく、全く興味のない話でも、ディアはにこにこして聞くのだろうが、
あきらかに”勉強してきて”、レース編みだとか花だとかの話題を話す地の守護聖は、 非常に健気で。

実のところ、ディアもかなりの「お茶好き」なので、
カフェインの効果が中枢神経を刺激興奮させる〜といった話でも、全く構わなかったのだが、
ルヴァが、一生懸命話すので。
ふふ、とディアは笑ってそれを聞いている。


ディアが笑う。それを見てルヴァは、今度は、驚いた。
驚いたのは、その微笑の意味に気づいたから。

笑わなかった。しばらく、この女(ひと)は。
笑わなかったが、ある時期から、つとめて笑うようになったから、その微笑が 「いつもの」だと思えるようになったのだ。

悲しい結末を、迎えた男女(ふたり)。
いや、終わってはいない、新しく始まっただけなのだ。
「私のしたことは、正しかっただろうか?」と、
ルヴァもディアも、何回も考えたに違いない。

喪に服するような顔をして、毎日を過ごすのは、容易かもしれない。
だがあえて、ディアは笑って過ごすことにしたのだ。
この前、カフェテラスで彼女が笑ったとき、懐かしさを感じたのは、
それはきっと、彼女が女王候補時代に見せたものと同じ、本当の笑顔だったからだ。

お茶はどうですか?と言って、ポットを持って茶をすすめる、地の守護聖。
「ありがとうございます。」と言って、ディアは自分のカップについでもらった。

***

カフェインには、中枢神経を刺激興奮させる作用がある。
今日もまた、菓子と、彼女と飲むためのお茶を用意して、話題はどうしようかと 楽しく悩んでいる、地の守護聖。
お茶には刺激物が含まれている。だが、ルヴァは思うのだ。

「お茶を飲む前から、
こんなにも、胸がドキドキするのは何故でしょう〜?」


*END*