腕(ウデ)



この腕は、何の為にあるのだろう、と思う。

***

「・・・兄貴」

後ろから小さい声がして、振り返った。
当然、その言葉を使うべき人間はひとりしかいないのだから、周助は驚きも せずに、相手を見つめる。

話していた乾に「じゃあ」と小さく挨拶をして、周助はフェンスの向こうまで 移動した。

裕太は、両手に荷物をいっぱい抱えていた。
どうやら、学期末だから家に帰ろうと思って”くれて”、
歩いていたら”偶然”青春学園の近くを通りかかって、
”しょうがないから”たまには兄貴と帰るのも悪くはない、と思って。
テニスコートのフェンスの向こうに姿が見えたから、声をかけた。

荷物がいっぱいだね、少し持つよという周助に、裕太は「いいよ」と返す。

「でも、僕、身軽だし。持つよ。」
「いいって。兄貴はそのまま歩いてろよ。」
「遠慮しないでさ、裕太。重いでしょ?」
「重くなんかねぇから!気にすんなよ!」
「・・・何怒ってるの、裕太?」と周助は聞く。
「・・・・・・・・。」裕太は黙ってしまった。

しばらくそのまま黙って歩いていて、ふいに、裕太は聞いた。
「・・・背の、デカイ奴がいいのか?」
言われて、周助は驚いて目を見開く。それから、笑いながら、言った。

「何それ、乾のこと?
・・・・・・普通、好みって女の子のこと聞くでしょう?」

それから、ケラケラ笑う。裕太は恥ずかしくなって、顔を真っ赤に染めた。
笑いながら周助は、相手に告げる。

「心配しなくても、僕が好きなのは、裕太だけだよ。」

夕陽が眩しいねぇ、と言いながら、そのまま並んで2人で歩く。
弟が必死に抗議しているのを、聞きもしないで。

***

もしもこの腕を失ったら、どうするだろうと思う。

2人で、リビングでテレビを見ていた。
大事故から奇跡的に一命をとりとめた人のドキュメンタリーで、
ソファに腰掛けている裕太と、その後ろで、椅子に腰掛けている周助。
ふいに、裕太は前を見たまま、つぶやいた。

「なぁ。もし事故とかで腕がなくなって、テニスが出来なくなったら、どうする?」

それは、両方にとって大切な、「テニス」というものを奪われたら、
という仮定の話で。
悩むのが当然なのに、周助は後ろから即答した。

「そのこと自体は、問題じゃないね。周りがどうかに、よるな。」

驚いて裕太は後ろを振り返る。彼の兄は、優しく微笑んでいた。
周助は、続けた。

「たとえ身体が無事でも、
裕太がいなくなったり、裕太がケガしてたりしたら、
テニスが出来ても、全く楽しくないし。
もちろん由美子姉さんや、父さんや母さんがいなくなっても、同じなんだけど。
逆に、僕の腕で誰かが助かるのなら、一生テニスが出来なくても、いい。
切りとって、あげる。」

彼の人は、他人に天才とまで称される技量の持ち主なのに、
家族の為になら、惜しみなくその腕を提供するという。
目を細めて、楽しそうに笑っている、彼。

彼は、その「腕」を広げて、目の前の人物に巻きつかせた。

「!??」
驚く裕太に、周助は言う。
「でもやっぱり、腕があったほうがいいな。
こうやって、裕太を抱きしめられるから。」

離れようともしない兄に、呆れながら裕太は、腕に自分の手を置く。
「ほっそい腕だな。」と小さくつぶやいた。
「そう?これでも鍛えてるんだけどね。」と周助。


この腕は、何の為にあるのだろう。
きっとそれは、幼き頃は、小さな弟の手を引く為。
そして今は、彼と共に並んで歩く為。


END



周裕っていいよな〜〜v(私が書いたものがいいかはともかく)