グラス



sky


硝子の心。グラス。

***

彼が、特に不注意だったというわけではないだろう。
そのボールは、速度を測っていたものはいなかったが・・・仮に、時速180キロの威力があったとしたら、 10メートルを0.2秒で行くということだから。
だから、乾が避けられなかったのも、しょうがないことだといえる。

その日、不二と越前が試合をしていた。
白熱した展開で、テニス部員の全員が固唾を飲んで、その試合を眺めていた。
その試合中、コート外に外れたボールが、乾の顔に直撃したのだ。
笑い事ではなかった。
急いで部員達や顧問、試合中の2人までもが、彼の周りに集まる。
長身の、普段は不遜な笑みをたたえる少年は、呼ばれても返事をしなかった。
試合は、中断された。


乾は目を覚ました。
いつもの癖で、目を閉じた状態で枕よりさらに上に置いてあるはずの、 眼鏡を取ろうとして、何もないことに気づく。
そして、自宅で寝ているわけではないことを知った乾は、よく見えない状態のままで、左右を見回した。
左側に、人影。

「手塚?」

そう口にすると、当の手塚は「気づいたか。」と小さくつぶやく。
手塚は眼鏡を押し上げてから、怪我人に向かって、尋ねた。

「見えるのか、その位置から、俺が。」
「いや、見えないけど。
でも、手塚だったから。」
「・・・・・・・・。
裸眼でいくつだ?乾。」
「0.××」
「同じくらいか。」

そう言って、手塚は立ち上がる。おそらく、自分が目を覚ましたと報告しにいくのだろう、と乾は思った。
試合中、ボールにぶつかったのを思い出す。
危ない、とは思った。が、あまりの速さに避けることが出来なかった。
倒れた自分に彼がついていたのは、
彼が、部長であるからだろう。
それ以外の理由はなく、それ以上の理由も見つけられない。
胸が、チクリと痛む。

「手塚。」

出て行こうとするその人を、名を呼んで、呼び止めた。
「何だ。」
言い放つような、その声。一見冷たそうなその声の持ち主は、驚くほど優しい魂を持っていることを、乾は知っている。
思わず呼び止めてしまって、乾は声をかけた理由を探す。
それは、幸運にも見つかった。

「俺の眼鏡、知らない?」

「そこにある」とだけ手塚は言って、乾から見て右側にある、サイドボードを目で指した。
しかし、乾の今の視力では、手塚がどこを「指した」のかは、分からない。
手塚は、カツカツと靴を鳴らして、乾の寝ているベッドに近づいて、サイドボードの脇に立って、 「これだ」とは言ったが、同時に、告げるよりも分かりやすいことをした。

相手の手を取って、壊れた眼鏡の上に置く。

冷たい、と、乾は思った。
ひしゃげた金属と、硝子の温度が冷たいのと。
重ねられた彼の手が、あたたかい事の、相対的な感覚で。

あぁ、ここにあったんだ。と乾は、何ともないような口調で、答えた。
物の位置を把握したと告げても、置いた手を外さない、手塚をぼんやりした視力で見つめる。
この手の意味は何だろう。

「残念だな。こんなに近くにいるのに、眼鏡がないから手塚の顔がよく見えない。」
そういう乾の一言に、手塚の手は離れたが、それを名残惜しく思っているうちに、 また何かが近づいてくる。

ひやりとした感触の。金属と硝子で出来た・・・・

しばらく沈黙した後、乾は告げた。
「手塚。
他人ひとの眼鏡なんて役に立たないって、知ってる?」

自分のかけている眼鏡を取って、相手にかけた。
そんな、子供のようなことをした、手塚。
分かっている、と、いつもの大人びた態度で答える、彼。
無いよりはましだが、度のあっていない眼鏡というのは、随分と見づらいものだ。
それでも彼の好意に感謝して、歪んだグラス越しに、想い人の姿を眺め見て、

眼鏡をかけていない彼の顔は、一段と澄んで見えた。

いつもと違って見える、とつぶやいた乾に、手塚は不服そうだ。
眼鏡を外したくらいで、そんなに印象が変わるわけはない、と。
それが手塚の考えのようで。
そうかな、と乾は、またつぶやく。

さっきまで、自分は眼鏡を外していたから、
手塚は、眼鏡無しの「珍しい」自分の姿を見たはずだけど、
このひとにとっては、そんなことはどうでもいい事のようだ。
大切なのは見せかけじゃなく、本質だと気づいているから。
だからサラリとそんなことが言えるのだろう。


乾は思う。
窓から臨む青空が、いつもより眩しく感じるのは、
単にグラスの屈折率の関係か、
この心に響く光が、まっすぐな彼を通して、強くなったからか。


END




塚×乾です(宣言)
あっはっは、やりましたよ私、塚乾。まー、私にとっては、周裕でなければ何でも一緒なんで(笑)
前から思ってたんですが、私、手塚攻派なんですよね〜。だから、不二塚も塚不二もハマれないんだと 思うんですが。
手塚、カッコイイ攻で、白攻好きの私はちょっと惹かれます。(別に乾が受だとは 思ってないんですが。でも私が書くと受っぽい)
ということで、書き逃げ。(久しぶりにフォントサイズ3で書いてみました)