中嶋さんの気になるところ。



ベルリバティー学園の副会長、中嶋英明は、気になっていることが1つある。
それは、西園寺と七条は付き合っているのか、ということだ。

別に、どちらかに手を出そうとしているつもりなのでは無い。
厳密に言えば、西園寺の方は、そういう目で見ても構わないが、
あの男は御免である。
そして西園寺に手を出そうものなら、やはり七条が絡んでくるので、やはり厄介 だということだ。
気にしているのは2人自体ではなく、早い話、丹羽なのだ。

話が回りくどくなったが、単刀直入に言うと、中嶋は今、丹羽を落とそうとしている。
別に、丹羽が好きなわけではない。嫌いでもないが。
実は中嶋、身の回りの人間を、全員”手に入れて”しまったので、
フルコンプの為に、最後に丹羽狙いなのである。
もちろん前述の「全員」というのに、西園寺と七条は含まれていない。
中嶋英明は愚者ではない、わざわざぬかるみが有ると知った道を、歩いたりはしないのだ。
ぬかるみと言うより、七条と対すれば、落とし穴か蟻地獄かも知れないが。

話を戻して、丹羽狙いの為に、丹羽が普段から言っている「郁ちゃん」が、 今フリーなのかどうか、知りたいと思った。
「郁ちゃん」がいつまでもはっきりしない(誰とも付き合っているように思えない)から、 丹羽はいつまでも「俺とデートしてくれよ〜。」と言うのだ。
固まってしまったと知ったら、丹羽も少しは大人しくなるだろう。
そっちの方が、自分も動きやすいというものだ。

というわけで、今中嶋は、「西園寺と七条が付き合っているのかどうか」知りたいと思った。
先日ふと見かけた時、西園寺から異常な色気が出ているように思えた。
何だあれは、と遠目から中嶋は思った。
すると同じく、遠目からこちらを見つけたあの薄笑いをする男が、自分を見て意味ありげに微笑む。
何だ。
この俺ともあろうものが、冷や汗をかくなんて。

付き合っているのなら、あの2人だろう、と中嶋は思うのだ。
おそらく七条の性格からして(何故あの男の性格が判るのか、それだけでも何故か腹立たしいが)、 西園寺に他に恋人が出来たのに、あんな風に普段通り邪悪に微笑むことは出来まい。
だから西園寺の相手はあいつだと思ったのだ。

しかし、確証はない。本人たちに聞いてみるものでもないだろう。
それに、”お願い”したり、”頼んだ”りしたくない相手である。
話が戻るが、西園寺の方にお願いするのは、別に構わないのだが、・・・。

ともかく、気になってしまっては、それが知りたくてたまらなくなってしまった。
中嶋は、我慢をしない男である。
なので少しのプライドを捨てて、会計室に探りを入れにいくのである。
クッションに、丹羽を連れてこればよかった、と思いつつも。

ノックをすると、はい?という、予想通りの穏やかな声が聞こえた。
名前を名乗って、ドアを開けると、いつも通り(中嶋はあまり会計室に来たことはないが)の様子で 2人は座っている。
ここが情事の後なら、中嶋も答えが一目瞭然で楽だったものだが、 そんなことをするのは、当の中嶋くらいである。
2人が恋人だったとしても、この部屋でそんなことには及ばないだろう。
繰り返すが、場所を選ばないのは中嶋くらいである。

「何の用だ。」
と、西園寺郁は簡潔に聞いた。もっともな質問だ。
本当のことを言うのも何なので、中嶋は、こんな時の為に持ってきた、大して重要ではない書類を 差し出して、「少し、会計部の意見が欲しかったもので」と答えた。
すると七条臣は、笑顔で彼を迎えて、「中嶋さんは、コーヒーでよろしいですか?」と尋ねた。
あぁと中嶋は、小さく返事をする。

「女王様の犬」は一時その場を去るが、ここで奴がいないからといって、西園寺の方に何かすると、 それこそ、本気でゲームオーバーとなってしまうので、注意が必要だ、と中嶋は思った。
気にしすぎだと思われるかもしれないが、それくらいしても、まだ足りないくらいだ。
何と言っても相手は、あの七条臣なのである。

西園寺は出された書類に目を通しているが、元が大した内容ではないので、あまり彼の興味を 引かなかったらしい。
適当に数箇所アドバイスしてから、彼の言葉は終わった。
ポットとカップを持って、七条が戻ってくる。 彼の持ったトレイには、食器の他に、違うものが1つだけ乗っていた。

袋に入ったままの、ボールペン。

「臣、それは何だ?」と西園寺は聞く。「ボールペンです。」と七条は答えた。
そんなことは判っているのだ。
こんな不可思議なやり取りを、この2人はいつもしているのだろうか、と中嶋は思った。
紅茶をついで、コーヒーの入ったカップも置いて、七条は、話し始めた。
「このペンはこの前買ったんですが、外装の袋を見ていたら、面白いことが書いてあったんですよ。」
七条の顔を見て、西園寺は、ほぅ、それは?と尋ねる。
七条はにっこりと笑ってから、言った。

「”筆記以外に使用しないで下さい”」

「・・・・・・・・・・・・。」
意味が飲み込めなかった西園寺と、その意味を知って絶句してしまった中嶋。
七条は、続けて言う。
「でも普通、ペンを筆記以外に使用する人は、いませんよね。
そんなことをするひとは、ひとではありませんね。
そのペンが、学校の予算から出た経費により購入されたものだとしたら、 僕は会計部の一員として、そんなもったいないことをする人物を抹殺したいと思います。」

さぁ、冷めますからあたたかいうちにどうぞ、と言って、七条は、目の前のカップを 中嶋の方に差し出す。
いや、これで失礼する、と言って中嶋は、コーヒーに手をつけずに、会計室をあとにした。

中嶋英明の気になっているところは、西園寺と七条が付き合っているかどうかという点だったが、 そんなことはどうでもよくなった。
ただ、あの男は今、西園寺と2人きりでいたのに自分が邪魔をしたから、非常に怒っているのだと いうことだけは、理解できた。


教訓:文房具は正しく使いましょう。


<完>