おひとよし○○さんシリーズ その1
「練習」



悔しい、と西園寺郁は、珍しく思った。
なので七条臣は、提案するのだ。
「では郁、練習してみればいいでしょう?」

***

「女王様」という通称で知られている、西園寺郁という人物に、
弱点があるとすれば、それは以下の2つだ。
体力がないことと、音痴であることである。

代わりに・・・と言っては彼に失礼だが・・・西園寺は、ずば抜けた頭脳を持っている。
彼ほど頭が良ければ、ちょっとくらい歌が下手で運動が出来なくても、困らないものだ。
現に、西園寺は、それらで困ったことは、ない。
頭の回転が速い方が、世に出てから、数百倍は役に立つ才能である。

しかし、西園寺は今、そのことでちょっとした「心のひっかかり」を感じた。
きっかけは、王様こと丹羽哲也が、浴場で大声で歌を歌うので、他の学生が迷惑している、という噂を 聞いたこと。
それに関して、寮長の篠宮も頭をいためているようだが、さて。

丹羽は体力勝負が得意な男だ。柔道は、3段の腕前。
その彼は、浴場で、大声で歌を歌うことが出来るのである。

悔しい、と西園寺は思った。

何も、彼と張り合おうと思っているわけではないが、
丹羽にとってそれは、ごく普通に行えることなのだろう。(他人の迷惑になっているとはいえ)
自分は、歌うことが非常に苦痛であるのに。

そういう事を、はっきりした言葉でないにしろ、いつも西園寺の傍にいる七条は、聞いた。
なので、七条は、友人の彼に提案するのだ。
体力の面は難しいにしても、歌くらいなら、練習してみてはどうですか、と。

七条はパソコンを出す。
今の時代、パソコンがあれば楽器がなくても、音は容易に出せる。
七条は、西園寺が何も言わないのに、勝手に曲を探し始めた。
「郁、これがいいですよ、これにしましょう。」

そう言って、七条はお抱えの楽師よろしく、西園寺の為に伴奏し、
特に上手いわけではないが、己は「普通」の成績を音楽では取っていたので、「歌い方」の講義を少しする。

「〜〜〜♪〜〜〜〜」

***

自信がつく、というのは良いものだ。
そう、七条臣は思っている。
七条は嬉しいのでニコニコしているが、普段から薄笑いを浮かべているので、彼が上機嫌であることに気づくものは 少ない。

ある時、学生会長の丹羽が「郁ちゃ〜ん」と、用もないのに西園寺の顔を見るためだけに 会計室にやってきたので、会計機構の2人は、ここぞとばかりに練習の成果を披露した。
西園寺は、原曲を聞いたことがなかった。
だが、「原曲に対して、ほとんど音を外さず歌えています」と七条が言っていたので、上手くマスターしたと、 思っている。
歌は、これ。

「勝〜つ〜と思う〜な 思えば〜負けよ〜」
         作者注:これは美空ひばりの「柔」(やわら)という歌です。

「彼」に、引け目を取らないと思えるようになって満足の西園寺と、
西園寺から見たら、異常なほど興奮して、目を輝かせて相手を見ている、丹羽。

2人の横で七条は、ただニコニコしているが、ここに第三者が居れば、言ったはずだろう。
「七条さん、アンタはお人よしだ。」


<完>