刻(とき)



「折をみて告白します」

そう、新しく得た友人に告げて、彼に後押しされる形で・・・
七条臣は、大切な話をそのひとにしようと思った。

相手の為に紅茶を淹れて、ポットから茶を注いでカップを差し出し、
彼が飲んでいるのをしばらく眺めてから、臣はつぶやく。
「郁。」
名を呼ばれて、もちろん郁は「何だ?」と返事をした。
臣は、微笑んで、言った。

「好きです。」

何を今更、という小さな声が聞こえて、郁は続けて紅茶を飲む。
流された・・・・・・・。
普通なら落ち込むべき状況でも、臣は何故か笑ってしまう。
だから、何を考えているのか分からない男だと言われるのだ。

自分は普段から、郁のことを好きだと公言しているから。
だから、今更その言葉だけ抜き出してみても、何も思われないのだろう。
郁の性格からして、「気づかなかったふりをする」というのは無さそうなので、 おそらく、本意が伝わらなかっただけだ、と臣は思う。

デートをしようと丹羽学生会長のように誘っても、郁は”いい顔”をしないに決まっているし、
どこかに出かけたいなら素直にそう言えば、このひとは大抵、共に行ってくれる。
だから臣は、この想いをどう表現したらいいのか、分からない。
  今までも好きと言っていましたが、それは間違いで。
  いや、間違いではないのですが、今度はまた、違うのです。
そんな風に言えば、目の前のひとは「何を言っているんだ?」と眉をひそめるに違いない。

嫌われてないとは思う。
好かれているという自信は有る。そういう表現が直線的なひとだから。
だが、伝わらない。現に、伝わっていない。
微笑みで、本心をごまかす癖が、強くなりすぎた。
腹黒くなって、と郁は笑うが、自分の中にどす黒いものが有るのも、確かだ。
だがそれではなく、心から、魂から”このひとが愛しい”と思って、
告げたのに、伝わらないというのは、悲しいことだ。

・・・・・・。

行動で判らせる、というのは、動物的であり、野蛮だ。
あの人物のお得意な手段のようで、あまり気がのらない。
だが臣は、それ以外にこの状況を突破できる方法が見つからなかったので、その方法を取った。
手を伸ばして、カップを置きにテーブルの上に戻ってきた相手の手に、包み込むように触れた。

「・・・・・・・・・・?」

英字の経済紙を読んでいた郁は、やっと相手の方に、顔を向ける。
重ねられた手を一瞥してから、友の方に視線を向けると、臣は笑っていなかった。
「郁。」
臣はもう一度、柔らかく言った。すでにもう、いつもの笑顔だ。
そのまま黙って相手の顔を見ていると、臣は続ける。

「好きです。」

「臣・・・」
今度は郁が相手の名を呼ぶ。彼は、つぶやいた。
「啓太に、何か言われたか?」

「・・・・・・・どうしてそんなことを聞くんです?」
微笑んで、臣は尋ねた。
それは・・・・、と郁は、珍しく口篭もる。その様子に、臣は逆に聞く。
「伊藤君から、何か言われました?」
少しの沈黙の後、郁が答えた言葉はこう。
「・・・デリカシーの無い奴だ、と答えておいた。」

それは、聞かれた質問に答えたことには、なりはしない。
彼は、ほとんどそんなことをしない。尋ねられたことを、ごまかして、結果だけ告げるなんて。
動揺しているのだろうか。
自分の言葉が、彼の心を揺さぶることが出来たのだろうか?
そう考えて、臣はやはり意味も無く笑う。

黙ってしまった、長い髪の美しいひと。
自分達の間に、こういった無意味な沈黙が流れるのは、珍しい。
せっかくの紅茶が、冷めてしまった。
淹れなおしましょうか、と臣は言って、ポットを持って席を立つ。


まだ、早い。
僕がこの微笑みを消すには、まだ刻は早すぎる。

<了>