その心


「しょうがないでしょう、方向が同じなんですから。」

そう言って、仲間と別れた。
前を行く、道に2人。
自分と、仲違いをしていた、兄弟子。

本当は、嬉しいのに、「彼」と行けることが。
誰にでも分かる照れ隠しの言葉に、自らも恥ずかしくなって、
思わず顔を少し掻く。

青年僧、アルハイムは言った。
「さて・・・どうしますか。」

ともに行くとは決めたものの、自分たちに目的はない。
新しい土地で、見知らぬ魔法(スペル)でも探索するか。
それとも・・・。

兄弟子のベリアルが、じっとこちらを見つめているのに気がついて、アルハイムは尋ねた。
「・・・何か・・・?」

ベリアルは、しばらくしてから答えた。
「いや、大きくなったなと思って・・・。」

その言葉に目を見開き、やれやれといった様子で、アルハイムは答える。
「別に、貴方と別れてから、体格は変わっていませんよ。
・・・いつまで子供扱いするつもりですか。」

「私」は、ずっと貴方の「弟」で。
そう、ずっと・・・・。


***

元々、同じ信仰を持った2人の僧侶、
ベリアルとアルハイムは、兄弟弟子だった。
だが、途中でアルハイムはその道を変え、兄弟子と対立する立場に立った。
信仰を捨てたわけではないけれど。
・・・兄弟子を、慕う心も。

白髪の多い髪に、あご髭をはやした壮年の男を眺めて、アルハイムは言う。
「老けましたね。」

余計な世話だと言うかと思ったのだが、相手の返した言葉は、違った。
「誰かさんが心配をかけるものでな。」

「おや、それは誰でしょう?」
「誰だろうな。」
自らの髭を少し触って、背の高いアルハイムの方を見上げて、年上の僧侶は言う。

昔は私の方が背が低かったから、貴方は優しい目をして
私を見下ろして・・・。


は、と我にかえって、アルハイムは言った。
(感傷にひたっている場合ではなかった。)

うかうかしている暇はないのだ。
時間が限られているわけではないが、いつ終わるとも分からない。
自分と、彼との時間は。

+++

他の仲間と別れてから、最初の街で、宿を取った。
無論、シングルを2部屋。
壁にもたれかかってから、アルハイムは頭を抱えて、思う。

(駄目だ・・・何故だ、何故・・・・!)

神経的な頭痛すら感じる。何故だ、おかしい、と強く思う。
安い宿屋の薄い壁の向こうから、水音が聞こえる。
兄弟子が、沐浴しているのだろうと思う。

・・・・・・思うだけで、体の芯が熱い。

アルハイムに、衆道の気はない。
元々、彼はその美しい外見から、女性に人気があったし、
そういう女性をあしらうのにも、慣れていた。
もちろん、僧侶という職業がら、そういうことにのめり込むべきではない、
と知っていたが。
そんな「弟」の様子に、ベリアルは、ハハと笑うだけ。

顔に手をやって、アルハイムは身を屈める。
水音が止んだ。救われた、と彼は思った。

恐ろしい想いが、自分を包んでいる、と、アルハイムは分かっている。
先ほど部屋に、小さな祭壇を立てた。僧侶が宿泊施設で泊るときには、 必ず行うことだ。
祭壇に備え付けるアイテムの配置より、何より、
・・・隣りの人間のことが、気にかかる。

おかしくなってしまったのだと、金髪の青年僧は思う。

ずっと前から、間違えていたんですよ。
・・・貴方に、こんな想いを持つべきではないと、分かっていたのに。


変わったのは想いではなく、
それを我慢しようと思わなくなった、欲。

***

コンコンとドアをノックして、隣室を訪ねた。
ベリアルはくつろいだ格好で、居た。

「アルハイム・・?どうした?」
「入っても、いいですか。」

いやに神妙な声で、アルハイムは告げた。
別に断る理由など見つからないので、ベリアルは、弟弟子でしを部屋に招き入れる。

ベリアルは倒れた。正確に言えば、倒されたのだ。

後ろからガバッと抱きつかれて。床の上に、仰向けに倒れた。
自分の体の上にのしかかっているアルハイムに向かって、彼は言う。

「こらアルハイム、何のつもり・・・」
「ベリアル、貴方は何故結婚していないのですか。」
「は・・・?そんなことより、そこを退け。」
「どきません。答えてくれるまで。」

そういってアルハイムは、下方の人の両腕を押さえつけて、兄弟子に顔を近づけた。
そして、もう一度言う。
「ベリアル、答えてください。」


白い髪の僧侶は、少し顔をゆがめてから、相手を見上げて、言った。
「分かった。だから手を離せ、アルハイム。痛い。」
そう言われて、アルハイムは相手から身を離した。ベリアルは少し手を振ってから、告げる。

「全く、どうしたんだ突然?‘混乱‘か‘恐怖‘状態にでも陥っているのか?」
「私は、大丈夫です。
・・・それにこれは、たとえ‘快癒‘を唱えられても、治らない。」
不治の病です、とアルハイムは内心つぶやく。

ふぅとベリアルは息をついてから、「質問者」に向かって、答えた。
「何故結婚していないかと聞かれても・・・まぁ、
時期を逃したのだろうな。・・・お前はそんなことが聞きたかったのか?」
「そうですか。」とアルハイムは簡略に答える。

壮年の僧侶は、相手の顔を見て、その瞳がおかしな輝きを発しているのに気づく。
何と言うか、例えるなら、獣のような。
本人は大丈夫だと言っていたが、やはり何かの魔術か毒にでもやられたのでは、 と、ベリアルは考えた。

ベリアルは、相手のひたいに右手をあてて、つぶやいた。
「大丈夫か、本当に?」
ひたいに触れられて、アルハイムは瞳を伏せて、告げる。
「・・・・貴方は、どうしてそう、優しいのですか。」

それからギッと唇をかんで、声を荒げて、青年は続ける。
「何故、そう優しいんですか、貴方は!
私の、私の気持ちも知らないくせに、そうやって優しくする!
再び会った時、所帯でも持って、子供でも成していれば良かったんです!
そうしたら、私は・・・あきらめもついたのに・・・・!」

あぁぁぁ・・・とアルハイムは叫んで、顔を覆う。
ベリアルは腕を戻して、目の前の彼を、眺めた。

いつも冷静な、冷徹とさえ言えるような彼が、このように取り乱して。
ベリアルは自分を鋭い人間だとは思っていなかったが、 相手の言わんとしていることが、分かった。

つらい恋を。

つらい恋をしているのだな、とベリアルは思う。
まるで、ひとごとのように、様子が理解できる。

相手のことを、想って、想って、想いを隠して、押しつぶされそうになって、
吐き出して、また苦しむ。
自らの習得している回復魔法が、精神的な痛みまで治せるものであれば良かったと 、ベリアルは強く思う。


「アルハイム。」

”かわいい弟弟子でし”の名を、ひとつ呼んだ。
彼はアルハイムを愛していたが、アルハイムが自分に求める次元の愛とは、また違うと分かっていたから。
だから、残酷ともいえる言葉を告げなくてはならない。

「アルハイム。
・・・私のこの身は、魂ごと、”神”に捧げられたものだ。
だから、お前にはやれん。分かるな・・・?」

信仰の元に生きる僧侶だから、
いち個人のものにはなれない、と。
この身は全て神のものだと。
そう言って、同じく信仰に身を置く彼に、説明をした。
それは、卑怯なことだと分かっている。
分かっているが、ベリアルはそう答えた。
個人として拒絶された方が、アルハイムも嬉しかっただろうことも、分かっているけれど。

「ずるいですよ。」と彼がいつもの笑みで言ってくれれば、
ベリアルは、年上ぶった口調で笑うだけなのに。
・・・アルハイムは、顔をあげなかった。


恋は、硝子のようにもろいものだと言ったのは、誰だっただろうか。
つらい恋をしている青年僧と、
彼を見守るだけの、壮年の僧侶。
祝福カルキあれと言って仲間を見送った、 あの頃は、もう遠い彼方だ。

FIN