テスト前



中間テストなんて、キライ、キライ。

***

周助は、窓から外を眺めている。
彼の視線の先には、所属する部の部長と、 その相手に話しかけている、乾の姿が。
相変わらず、話がかみあっていないようだ、と、 周助は遠くからその様子を見て、ふふと笑う。

ふいに、菊丸が後ろから声をかけてきた。

「不二〜。まだ帰らないの〜?」

うん、ちょっとね。と言って、周助は相変わらず外を眺めている。
来週から中間テストが始まるから、今はテスト前の大切な時期で。
部活は禁止で、各自勉学にいそしむように、という学園の風習だから、
生徒たちは皆、まっすぐに自宅に帰る。

それでも周助は、
自分のクラスから外の風景を眺める、という、”無駄”な行動に、 時間を使う気でいるらしい。

「余裕?」と菊丸がおちゃらけて聞くと、周助はハハ、と笑った。
気をつけて、と言って彼を見送って、周助はまた窓の外に目を移す。

うちに帰っても、することはないから。

本当は、学生の基本、テスト勉強をするべきなんだろうけど。
「家」にいると逆に集中できなくて、テキストの内容が頭に入ってこない。
自分の部屋で、椅子に腰掛けていると、いつも思うのだ、

ここは”我が家”なのに、
     どうして僕の弟はいないんだろう、と。

例えば、
自分がもう、いい大人で、
30歳とか40歳とかになっているのなら、
弟が、一緒に住んでいないことに、疑問は抱かないだろうけど。
僕はまだ中3で、裕太とは1つしか違わないのに。

何でいないんだろう。彼は、彼は。

小学生までは、一緒にいることに何の疑問も持たなくて、
離れるきっかけになったのは、やっぱり互いが大切にしている「テニス」。
弟は、僕と比べられるのが我慢できない、と、
寮のある、聖ルドルフへ行った。
だから裕太は、僕の近くにいない。学校にも、自宅にも。

・・・・いないんだね。

普段は、部活が忙しくて、
それこそ、テニスのことで頭がいっぱいになっていて、考える時間が少ない。
だから、こういった時期になると、強く思うのだ。
あぁ、いないんだなぁ、と。

周助は、特に成績がずば抜けて優秀なわけでも、ひどく悪いわけでもない。
だから、ペーパーテストは特別嫌いではなかった。
嫌いなのは、テスト前のこの雰囲気。

いやがおうにも感じる寂しさと、
それをテニスで解消できない、歯がゆさ。


中間テストなんて嫌いだ、と周助は思う。
カバンを手に持って、母親と姉の待つだろう、自宅へ向かった。
父は出張で、外に出っ放しだから、いないだろうし、
弟の裕太は、自分がしつこく言って、やっと帰ってきてくれるくらいのものだし。

***

周助は驚いた。目を見開いて、赤の他人が見ても、驚いているのが一目瞭然なくらいだ。
玄関に、自分よりすこし大きな、汚れたスニーカー。
裕太が帰ってきている。
周助は珍しく、慌てて靴も揃えずに、家の中に入った。

まずは、居間に向かう。”彼”は、そこにいる可能性が一番高いから。
ドアを開けると、予想通り相手はいた。
周助は、開口一番、言う。

「どうして帰ってきてるの、裕太?」

その声を聞いて、彼の弟はゆっくり振りかえって、不機嫌そうな声で答えた。
「いちゃ、いけねぇのか。」

ううん、そうじゃないけど・・・と周助は言って、相手の近くに寄る。
裕太の寝そべっているソファの前のテーブルには、母さんが作ったであろうプリンが 置いてあった。
どうやら母親も、たまにしか帰ってこない息子を、精一杯の方法で迎えたようだ。

その母が、後ろから声をかけてきた。
「おかえりなさい。
・・・裕太は、忘れ物をとりにきたらしいわよ。」

言われて裕太は、カッと頬を赤く染めた。
どうやら、母親には理由を教えてもよかったが、
兄には、その理由を知られるのが、嫌だったようだ。

この少年、不二裕太は、昔から”そういうところ”がある。
両親や、年の離れた姉には、何ともないことでも、
1歳違いの兄だけには、言われたくなかったり、知られたくなかったり することがある。
それは、単に年が近いから、対抗意識が働いてしまうからか。それとも・・・。

周助は、わざとそっぽを向いている裕太に向かって、聞いた。
「何、取りにきたの?」
「・・・・・・習字道具。」 ぽつりと裕太は答える。
冬休みの時、宿題で使うから持って帰ってきたそれを、寮に戻る時、置いていった。
それが、今の時期に必要になったから、取りにきたらしい。

必要なものがあるから、それがある家まで、戻ってきた。
だが、その行動をした理由は、まだあったのだ。

「テスト期間中で、部活ねぇから、ヒマだし・・・。」

テニスが出来ない。それはこの少年にとっても、とても退屈なことなのだろう。
寮で試験勉強をしたら、という野暮なことは、誰も言わなかった。
代わりに周助は、心の中で強く思う。

<僕、・・・テスト期間が好きになるかも。>


END



この話の周助、受っぽくないですか?^^