結わい髪

勝手知ったる 従妹の家の
縁側に座り 姫子の髪結いを待つ

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普段、髪を白蛇のように垂らして或る男・・・光秀が、
その髪を結わえていることに、蘭丸は気付いた。
少年は驚きを隠せない様子で、甲高い声でこう言う。
「なっ、何だよ、その髪はっ!!」
聞かれた方は別段驚きもせずに、平坦な口調で、答えた。
「何って、単に結わえてきただけですが。」

そう、光秀の髪の結い方に、可笑しい部分は無い。
耳の脇から、長い髪を後ろに流し、旋毛つむじ近くで一つに纏めてあるだけだ。
蘭丸が驚いているのは、光秀がそのように髪を上げているのを、見たことが無かったから。
髪結い自体の形に驚いているのでは、無い。

オマエ、右目有ったんだな。と少年は呟いた。
蘭丸は、彼の右目を見たことも無かったようだ。
両目が有ったんだなという言葉に関しても、光秀は緩急なく「えぇ」と言うだけだった。
ただし、蘭丸の次の一言に、若干表情を変える。
「随分と、器用な従者が居るんだな。すっげー編み方。」

耳の下から数本、編みこんで結わいてあるからだろう。
己の髪の事だと気付いた光秀は、器用な従者が存在するという部分を、否定した。
「これは、自分でやったんですよ。」

蘭丸はまた、声を上げて驚いている。
続けて光秀は、
「惚れそうでしょう?」
と呟いてみた。 なおさら大きな声が返ってきた。
「誰が、お前なんかにっ!!
っていうか、話の繋がりがおかしいだろ!コラー!」

途中できびすを返して去っていく光秀に、少年は いつまでも、いつまでも、怒りながら叫んでいた。

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久しく髪を結っていなかった、と光秀は思う。
先ほど蘭丸が指摘したように、彼は、細かく髪を編みこむことが出来る、腕を持っていた。
昔から、そう、桃丸は、器用な少年だった。
他人の髪結いを手伝った記憶は、無かったけれど。

髪結いの思い出といえば、
幼き日に、勝手知ったる従妹の家に遊びに行けば、
ふすまの奥より、少女のか細き声が。
「かみをゆっているの。すこしまって。」
そう言われて縁側に腰掛け、”友”が出てくるのを待っていた。
退屈では無かった。むしろ楽しい時間だった。

幾つの頃か、聞いたことがある。
「将来、ぼくと、めおとになってくれますか。」
その言葉に、年下の従妹はこう答えたのである。
「だめよ。帰蝶はもっと、大きなひとのおよめさんにならなければ、いけないもの。」

当時少年は、その”大きな”という意味を、理解していなかった。
背丈か、ないし年齢の事だと思っていた。子供の頭では当然の事である。
幼い時期から、彼女には先見の明があったということだ。
自分の運命を理解していた、と言った方が良いかもしれない。

”大きな人のお嫁さん”になった従妹は、今も近くに居る。

実は先ほど、帰蝶・・・濃姫に会った。
そこで彼女は言った、
「光秀、随分前から思っていたんだけど、貴男、その髪うっとおしくない?
たまには結わいたら?」
と。だから光秀は、気まぐれに髪を上げてみたのだ。
そしてふらふら歩いていると、その提言をした女性に、また会った。
彼の結わいた髪を見て、濃姫は何も言葉には出さず、ただ、笑った。

すると白い髪の男はくるりと後ろを向き、黒い髪にかんざしの映える、美しい女性の前から、去る。
髪を一つに纏めていた紐を、乱暴に引き、解いてしまった。
バラバラと散らばる、銀糸のような髪。
元の、白き蛇が這うような姿。


・・・待っていても、手に入らないと知った。


幼き日の、透明な思い出は、霞んで消えゆく
髪結いの、暇間ひとまに描いた 幻影に酔う

<了>

2005.12.7
カタカナ語を出さないで書くのって難しい・・・っ!(薔薇木SSの時も思ったけど)
久しぶりに、辞書引きながら小説書きました・・・。一部、造語です。
光秀*帰蝶、好きーvv