Frohe Weihnachten

「メリークリスマス!! 僕から淋しい君に愛のこもったチョコレートを!!」
 なんとも憎らしい一言を添えてハーフの知人はずしっと重く腕に来る包みを渡し た。
「ちょ、チョコレート?!」
 光伸の声が裏返る。何を隠そう彼は甘いものは得意な方ではない。むしろ苦手で、 まだ和菓子などの甘さ控えめなものな ら大丈夫だが殊、甘さの上に動物性脂肪や等が付加されたとにかくしつこい感のある 西洋菓子ははっきり言って嫌いな方 だった。
 そして、その代表といえばケーキと並んでこのチョコレートだろう。
 包装紙で包まれているのに包装し越しから既に甘ったるい匂いが光伸の鼻に届く。
 カカオ臭はそんなに嫌いではないのだが、それがチョコレートだとわかっていると どうにもダメだ。
 露骨にまゆを寄せる光伸に水川抱月の表情も深いに歪む。
「あ、なに? 人が折角上げたプレゼントにそういう顔するわけ?」
「折角とかプレゼントしてやったとか恩着せがましいことを言うな。大体おまえ俺が 甘いものが苦手だということは知って いるだろ?」
「さあ?」
 首を捻る抱月。
「甘い者が苦手な人間など僕にとっては人類の敵だからねえ」
 ようするに光伸の甘いもの等苦手だということは彼の頭の中では完全に素通りして いるというわけだ。そうでもしないと 人類皆兄弟の精神で誰でも彼でもフレンドリーに接するのが心情の彼に矛盾が生じる ことになってしまう。
 つくづくおめでたくできあがっていると、抱月の脳に感心する。
 しかし、腕にずっしり来るこのチョコレートどうしたものか。
 捨てるなんてことは流石に出来ない。
 やはりここは甘い者が好きなあのあずさとか要に横流しするのがいいのだろうと考 えていたところで、いつの間にかしゃ がんだ抱月がじっと下から光伸の顔を覗き見ているのに気がついた。
 うわっと思わず飛び退く。そんな光伸にニヤリと抱月は笑ってみせる。
「誰かにあげようとか考えてただろ?
 ったく僕の優しさを無にする気かねえ。この子は……」
「何が優しさだ。俺が甘いもの苦手だと知っておいてこんなコトするのが何処が優し さだ」
「金子君カルシウム足りてる?」
「なっ?!」
「最近君不幸だろ」
「はあ?」
「君、きっと悪い呪いがかかって居るんだよ」
「はい?」
「だからね、そういう呪いに効果覿面なのがそれなんだよ」
 と、巨大チョコレートの包みを指差す。
「……『ハリー・ポッター』か?」
「あれあれ? 読んでるんだ君でも」
「一応ベストセラーはな……じゃなくて!! あれは虚構の世界だろうが、チョコ レート送りたいからってそんな理屈持ち 出すな」
「えー? でもさ、甘いものたべると幸せにならない?」
「ならん」
 同時にこいつと何時までも付き合っておれんと背を向ける。微かに肩を竦める気配 と溜息を背後に感じる。
「まったく、そんなだから要君さっさと幹彦が持って行っちゃうんだよ」
「…………」
 唇を噛みしめてずんずんと振り向きもせず彼は前進をはじめた。

『要君をさっさと幹彦が持って行っちゃうんだよ』

 それは三日ほど前の話。
 大学も冬休みに入ろうとしていた時で寮閉鎖の間際まで居残るつもりだと聞きクリ スマスにどこかに行かないかと誘っ た。
 しかし要からは非常に申し訳なさそうにその綺麗な顔を歪ませたのとその日は既に 予定が入っていて……という断りが 帰ってきた。
 少し、いやかなりダメージをうけてしまった光伸だったが、よもや要に予定がある とは思わなかったので非常に気になっ て聞いてみて傷口に潮を塗るようなことをしたと後々後悔した。
 その日……つまり本日日向要は月村幹彦に誘われて博物館やら美術館巡りをすると いうことだった。おまけに肝心の夜は 彼が事前に予約したというイタリア料理店にディナーだという。
 用意周到というか、大人の力にものをいわせた力業だなと光伸はその時、目眩しそ うな中思ったものだ。
 幹彦と昔なじみであり現在も友人としてつき合いのある抱月は幹彦の本日の予定を 知っていた。その上で光伸の気持ちに も察していた故に……このチョコレートなのだろう。
「確かに呪いのようなものだな」
 精神的ダメージは未だ尾を引いている。
 心の疵は癒えることなく膿んで痛みは非道くなる一方だ……という感じだ。
 なにしろ、今頃要とあのいけ好かない幹彦が一緒に博物館にしろ美術館にしろ一緒 にいるのだ。おまけに隙あらば要に触 れようとする幹彦のことだ肩などどさくさに紛れて抱いたりなど……。
「ああもう!!」
 だんと足を踏み怒鳴る。
「……金子……どうした」
 びっくりしたような少し力のない声が頭上から振ってきたのはその時だった。低い 落ち着きある声。光伸が知らないわけ でもなくそして決して忘れる気もない声の主に光伸はびっくりした。
「土田か」
 顔を上げて再び驚いた。
 彼の腕の中にも光伸が手にしている者と同じ大きさ、同じ包装の包みがあったから だ。
「……繁にもらったのか?」
 一瞬、意味が分からずきょとんとしていた憲実だったが、繁という名が彼の知る人 物の数ある名の一つであることに思い 至り少し間をおいた形で短く「ああ」と応えた。
 どことなく途方に暮れた調子に光伸は笑った。
「おまえも、それの処理に途方に暮れているのか?」
「まあ……」
 律儀な彼のことだ自分以上に選択肢が少なくて困っていたのだろう。少しホッとし た調子で顔を掻いた。

「で、呪いの話は聞いたか?」
 道ばたで話もなんだと近くのファーストフード店に入る。互いにホットコーヒーを 頼んでおまけにガムシロップもミルク もいらないと言ったので二人してブラックで中身を啜っていた。
「呪い?」
 不思議そうに首を傾げる。
「ああ、呪いを特のにいい方法がチョコレートだって」
「いや……そういう突拍子もないことは……金子にはそういったのか?」
「まあな。その辺は相手に合わせたか」
 と、妙に唸りたいやら何故か腹立つやら。そんな気持ちを隠しつつ光伸は一応呪い とチョコレートというのが有名な児童 文学に出てくるのだと律儀に教えてやった。光伸も憲実に負けじ劣らず律儀な人物 だ。
「じゃあ、おまえは何と言われて?」
「元気が……でると」
 成る程。
 頷きつつ再び三日前のことを思い出す。クリスマスに要を誘った時、実は憲実も傍 にいた。光伸としては憲実でも要でも どちらでも構わなかったので要を誘いつつ憲実もという感じであの時誘ってみたの だ。結果は最初の計画で失敗。
 光伸がダメージうけたと同様に否、光伸以上のダメージを憲実がうけて話はその段 階で立ち消えた。
 今思うと要は諦め、憲実だけでもクリスマス一緒に遊ばないかと気軽に誘えばよ かったと思う。
「確かに疲れているときに甘いものを食べると元気になると思うのだが……」
 憲実は独り言のように呟きながら脇に置いた巨大チョコレートが包まれている箱を 凝視する。まるで親の敵でも見ている ようで光伸は可笑しかった。が、そんな彼の傍らにも同様のものがありそれに今更な がら気付いて溜息一つ。
 どうしたものか。
「それで、土田はそれをどうするつもりだ?」
「……どうするも。食べてやるしかなかろう?」
「おやおや」
 少し驚く。同時に彼らしいと納得もした。だが、
「普通の板チョコの何倍……いや十倍など優に超えたそれを甘いものが苦手なおまえ が喰うのか?」
「……し……かたあるまい」
 気持ちはあれど躰が付いてこないようだと悟る。さもあらん。
「金子はどうするのだ? おまえだって甘ったるいのは苦手だろ」
「まあ……な」
「よもや捨てるなどとは思っていないのだろう?」
「まあ……」
 捨てるか誰かにやろうと考えた矢先送り主に釘を刺されたのだ気持ち八割そう思っ ていても実際には出来そうもない。
「だが……どうすればいい?」
「確かに……」
 二人はじっとチョコレートを睨みつつ片手は珈琲にあり同時に中身を啜る。苦いが 香ばしい香りが口の中に広がり妙に安 心した。
「やはり……」
「こういうものに頼って」
「時間をかけねばならないな」
 はあ、と同時に溜息をつく。
 光伸はおもむろに立ち上がる。急な行動に目をしばたかせる憲実に光伸は笑う。先 程までの鬱々とした気配はもうなかっ た。吹っ切れたような自棄になっているような……。
「土田つきあえ」
「?」
「美味しい珈琲を淹れてくれるところを知っている。マスターとは知己だからチョコ レートぐらい持ち込んで食べていても 何もいわんだろう」
 だから、二人で片づけてしまおう。
 光伸の意図を悟った憲実は苦笑をこぼす。
「手だてはそれぐらいしかないし……わかった、付き合おう」
 そういって彼も立ち上がった。
 こうして、憲実と光伸は路地裏でひっそりと営んでいるジャズ喫茶で明け方まで チョコレートと格闘したという。
 奇しくも光伸は憲実と聖夜を過ごしたことになったのだが彼はその事に気付いてい るのだろうか?

 End



私がチョコレートを贈ったら、そのお返しに書いて下さった土金SSv
お人好しな2人が可愛いです。ありがとうございました〜!