「初声」


 九州、鹿児島。
 士族の出だというある屋敷。
 屋敷といっても地主の……というのとさほど変わらず、長閑でどこか雑然とした屋敷であった。
 山奥にあり周囲は非常に閑かなのだが、家屋はというと子供達が五人。それも嫁に行っている 長女と帝都で寮生活をしている次男が戻ってきていることもあって常より騒がしい。
 最も、必要なことすら喋らない次男一人戻ってきたところで……なのであるが、やはり 彼を構う分だけ騒がしくなる。
 帝都で寮生活する次男坊……ご存じ土田憲実君は正月でも早朝五時に目を覚まし、既に起きていた 父の手伝いをしていると兄弟達が起きてきた。やはりいつの間にか起きて朝食を作っていた母の方も 終わりに近づき、彼は黙って朝餉の配膳を手伝う。
 いつもと違いこの日はおせちと雑煮という正月ならではの朝食を済ませると、父と既に働きだした 兄から僅かながらのお年玉をもらう。
 相変わらずの無愛想面でだが律儀に感謝している憲実に二人は口々に「嬉しそうな顔をしろ」 とか「目なり口なり少しはゆるめて見ろ」とか言われる。例年通りのことではあった。 多少頭数が増えていたが。
 最後に父が「おまえもじきにこの立場になる。そんな顔で妹たちにポチ袋を渡すな」と 言われたのには流石に苦笑してしまった。そういえば、あと一年と少しであの学校も出る。 海軍学校に入るがそれもそんなに長い間居るわけでもない。たしかにもうすぐ自分も大人となるのだ。
 そう思うと変な気分だと思える。
 大人になり誰もを守れるようになりたいと常日頃思っているが、どうにも自分の中に子供と いう意識があることに気付かされて。
 正月。仕事があるわけでもなく皆がのんびりしているこの日は朝食の後片づけが終わり昼の準備まで暇になる。
 さて、どうこの時間を過ごしたらよいものか。
 久々の実家。いまいち暇な時間の潰し方を忘れてしまって考えあぐねているところに、 妹の緑と弟の憲吉が息を弾ませて彼の所に駆けてきた。
 さては、遊んで欲しいとやってきたのかと思っていたが、
「兄さん、お年賀!!」
 そういって、緑が葉書の束を手渡した。
「ああ、すまん」
 礼を言って憲実は葉書を受け取る。一番上の葉書の宛名を見ると以前寮で同室だった秋田の物だった。 おそらく葉書の大半はあの学校の同級生(多少上級生下級生も含まれる)のものだろう。
「じゃあ!!」
 そういって手を振りながら二人の下の兄弟は去っていった。手には分厚い葉書の束。 兄や父達の文を届けに行くのだろう。
 そういえば朝食が済んだ後居なかったのは郵便の配達人を外で待っていたためだろう。
 父や兄に比べれば僅かなものだが彼らにも届く。それが届くのを居ても立ってもいられない気持ちで 居るせいだろう。
「……」
 そういえば、自分はそういうことをしなかったな。
 兄たちが幼かった頃もやはりああやって朝から外で配達される年賀状を待っていたが自分は、 父母の手伝いをしていたり暇なら部屋で炬燵に当たりぼーっとしていた思い出しかなかった。
 そんな昔のことを思い出しながら憲実は一枚一枚確かめていった。
 旧年の礼から新年の挨拶ありふれたものではあるが、それぞれの個性を表した文字に級友達の顔が思い出される。
 中には、かしこまった挨拶の片隅に思わず苦笑を洩らすような一言が添えられていた。
 全てが級友達のもので、内容はほぼ全て同じだった。

 今年はもう少し熱を下げて付き合ってくれ。嫁のおまえにかかってる。

 誰が嫁だ。
 熱いのは彼奴だけだ。
 その場に書いた当人がいればそう怒鳴りつけていたが、ここは九州の鹿児島の山奥。 そうもいかず、行き場のない憤りを何とかやり過ごす。
 気を取り直して、後輩達の年賀状を見る。
 木下真弓からやら小説家の水川抱月からの物もあった。
 真弓のものは火浦あずさと連名になっていた。やはり憧れの人とそういう関係になって しまった自分に未だ複雑な気持ちがあるのだろう。
 それでも、だいぶん懐いてきてくれているあずさの顔を思い出し思わず笑ってしまう。
 抱月の方はおにぎりが美味しかったから今年も宜しくという彼らしい変わった挨拶だった。
 だが、小さな文字で記された言葉に眉をひそめた。
 胸に鈍い痛みが走る。

 太陽と月の行方は未だわからない。

 暗号のような下手な詩文のようなその言葉の意味を憲実は正確に理解していた。
 太陽を示す物、月を示す物。
 初夏、行方を眩ませた二つの存在。抱月が彼らを探していることは知っていた。また、 憲実が秘かに同様の事をしていることも抱月には当に知られていることも。
 柔らかな笑みをこぼす青年の顔を思い出し溜息が漏れる。
 彼は今どこにいるのだろう。
 そして、その隣には……。そう思うと胸が苦しい。
 勝手に零れる溜息をそのままに憲実は次の葉書を見る。刹那息が止まった。
「っ!!」
 手が震える。
 その葉書の送り主の住所は無記名であったが、署名はあった。

 日向要――と。

 彼は慌てて裏面を見ると、柔らかな文字で定形の挨拶と突然の失踪を詫びる言葉、今は元気にしていること、 そして挨拶もなしに居なくなったことを丁寧に詫びていた。如何にも要らしい文面をしばらく眺めていた。
 元気ならいい。
 色々思うことはあるが思えば思うほどそれが自分の中で完結して虚しいと思えてあえてやめた。
 その殆どが要を攫っていった月村幹彦に対するもの故に。
 少しばかり重い気分を引きずりながら残りの葉書を見る。……そして、最後の一枚に憲実の手が止まった。
「金子……」
 最初に思ったのが、おまえも出すのか? だった。


 その頃。帝都・東京。
 金子輝伸子爵の豪邸の正月は閑か……とも言えなかった。ごくごく一部であるが。
「お兄さま!! もう起きてくださいな!!」
 ペンペンペンペンと定規で高く盛り上がった布団を叩く。
 布団の白い山はうんともすんとも言わない。
「寝正月をしようとなさっているのはわかっているのですよ!!」
 ペンペンペンペン。
「光子……それじゃ兄さまは起きないよ」
 扉に背凭れて金子家の次男坊は呆れた視線を妹光子と布団の中に潜り頑として出てこない 金子家の長男に向けていた。
 二人して(光子はまだそういう歳だが)大人げない。
 思わず溜息が漏れる。
「ですが照秋兄さま、午後から貴族院の方々が年始の挨拶に来るんですよ」
 それに金子家の嫡子が顔を出さないというのも父の顔に泥を塗っていけない。
 もっともな意見だ、と照秋は思いつつ、布団で未だ寝間着姿で丸くなっている兄光伸に果たして 通じるのか疑問だと同時に思っていた。
 父親の前では『ええ恰好』する癖して、弟妹には気心しれているせいか彼の本来の姿を見せている。
 照秋に関しては「おまえに金子家任せるから頑張れな」と励ましているのか、要らない物を 押しつけているのかわからないことまで吐く。
 生真面目な光子は尚もペンペンと布団を叩いている。
 ふかふかの羽毛の布団で遮られている兄に通じているわけがないのに、いっそのことその布団を ひっぺ返してこの部屋の寒気に晒した方が手っ取り早いと思うのだが、生まれながらのお嬢様育ちの 光子には無理な相談だった。
(まあ、堪忍袋の緒でも切れればどうなるかは知らないが)
 だから、諦めて起きてくださいよ兄さま。
 と、口にしないのは、多少なりと兄の心境も分かるからだ。
 昨日は明け方まで父のつき合い(勿論政治関係なのだが)で外で飲み明かしていた。
 気分のいいとは言えない場所での酒は学園ではザルと言われている彼でも酔わせた……悪い酔い させたらしく、早朝四時に帰宅の時隣の部屋で派手な音がしていたのでそうだろうと照秋に思わせた。
 現に可愛い妹が一生懸命起こしているのに無視しているのは、可愛さを上回る酔いのせいだろう。
 おそらく頭痛を催す頃合いでもあるし。
 そんなことをつらつら照秋が考えている間も目の前の光景に変化らしいことは無かった。
「起きてください!!」
 だが、そろそろ光子の限界が近づいているなと思ったときだった。
 コンコンと軽いノックが部屋に響く。  耳元傍で聞こえた照秋は慌ててドアを開けると、扉の向こうに慇懃正しく立つ老人の姿があった。 金子家に代々使える家老……執事だった。
「光伸坊ちゃんに電話です」
 事務的な声でそれだけを告げる。普段は金子家の子供達に優しいこの家にいる祖父よりも 慕われる存在だが仕事には忠実でこう言うときは機械のようになる。
「誰から?」
 どうせ、布団の中でヴォイコットするつもりである光伸に変わって照秋が訪ねる。
 一瞬執事は怪訝そうな視線を未だペンペンされている光伸に向けたがすぐに事務的に、
「九州、鹿児島の土田憲実様からです」

 ばさっ!!

 一緒に光子の悲鳴も飛ぶ。
 寝乱れた寝間着姿、髪もぼさぼさ、目は腫れ上がった光伸がベッドの上に立ち上がっていた。
「土田から?!」
「はい」
 自分の姿勢を崩さない執事。
「兄さん、一応年頃の婦女子が要るんですから乱れ直してください」
「あ……」
 慌てて寝間着の帯を締め直す。
 その間に光子の手から飛んだ定規を何とかかわす。
 ガウンを羽織ってベッドから執事の元にやってきた光伸はもう一度訊ねる。
「土田から電話なのか?」
「はい、間違い御座いません」
「そうか。切れては居ないな?」
「勿論です、至急取り次いで欲しいと遠慮気味でしたが言って居られましたので」
「至急って……」
 そういうと部屋を飛び出していった。
 乱暴な足音が廊下ならず光伸の部屋にも響き渡った。
 階段、落ちなきゃいいけど、と要らぬ心配をしてしまう照秋。
「もう……私ではびくともしなかったのに土田様にはああなんですから……」
 両手を腰に困ったように呟く光子の肩に手を置き、
「光子もそろそろ兄離れしないとな……」
「まあ、酷い。まるっきり子供扱いですのね?」
「いや……」
「土田様はいい方です。兄さまには勿体ないほどに。だから土田様に兄さまをお任せしているつもりですわ」
「ただ、昔のように可愛がって欲しいのだろ?」
 う……と口ごもる光子。
 そんな二人を穏やかな目で執事は見つめる。
 とても似た兄弟だがそれぞれ個性的にお育ちになった。それが金子家の老執事の初感慨であった。


 金子邸の一階に電話機がある。
 慌てて電話機のある小部屋に飛び込み台の上にあった受話器を取る。
「もしもし」
 と、電話の向こう側にいる相手に話しかける、すると

『金子貴様、何を考えている!!!!』

 うわっ、と思わず受話器を取り落としそうになる。
 普段の彼からは想像できない大声が二日酔いで頭痛する光伸の頭にまで強く響いた。
 鼓膜がじんじん響くやら、頭はガンガンとなるやら、おまけにいきなりそれも今年最初の憲実の 声というのが怒鳴り声で二日酔いの気分の悪さも影響して何だが腹が立ってきた。
「何がって何が?!」
 低くなった声で返すと電話向こうはまだ落ち着いていない様子で、
『年賀状だ』
 と、つっけんどな調子で返ってきた。
「年賀状? ああ、届いていたのか」
『ああ。それでだ。なんで、

「今年もイチャイチャしような!!」

 なんて、書いて来るっ!!!』
 ああ、また怒鳴られかねないと離した受話器の表面を見つめながら納得した。
 柄にもなく憲実にのみ年賀状を書いたのだが、確か決まりの挨拶の後にそんなことを書いたな、と思い出していた。
 確か、新年早々怒り狂うか、真っ赤になってしばらく身動きできないかのいずれだろうなと 勝手に想像してニヤニヤしていたがどうやらその予想は見事に当たったようだ。
(だが、新年早々の土田のいい声で『貴様』呼ばわりだったり、まるで年賀状送ってくるな みたいなこと言われなければならんのだ?)
 自業自得と自覚はあるが妙に不条理を感じる。
 やっぱり、今年最初はあの落ち着いた声で『金子』なんて呼ばれたかったな、と年頃の 乙女のような事を妄想してしまっていた。
『金子……黙っていないで何か言え』
 色々腹立ったり妄想してみたりしていたのでつい応えるのを忘れた。土田に「黙るな」と 言われたくはないと思いつつ、
「すまない、耳が痛かったのでな」
『すまん……』
 慌てるような謝罪の言葉に思わず吹き出しそうになる。立場が逆転していることに彼は気付いていないのだろうか?
『それでだ。どうしておまえは年賀状まで巫山戯てかかるのだ?』
「巫山戯る?」
 何処が? 確かに、憲実の反応を想像して楽しんではいたが巫山戯たつもりはなかっただけにムッとなった。
「俺は至って真面目だが?」
『イチャイチャしようなのどこが真面目だ?!』
 怒鳴り声。
 きっと真っ赤にして言って居るんだろうと思うと可笑しい。そして、ふと気付いた。 土田の家に電話なぞあるのか? もしかして交換所で話しているとすると。
 自然わき起こる笑い。くつくつと声に出して笑ってしまったものだから、何故笑う? 馬鹿者とまた叱られた。
 だが、もうそんな怒った憲実もどうでもいいと思えるほど光伸は楽しいやら嬉しいやら浮かれて それこそこの場で踊りたい気分になっていた。
(交換所ということは話に聞く山奥から数時間もかけてわざわざ電話を?!
 それも、俺の年賀状の文面だけで?!)
 何といじらしいのだろう(或る意味無器用というか単純というか)。
 無視しておけばもしくは実際そうしたと聞かれれば落ち込むだろうが破り捨てればいいこと なのにわざわざ電話をしてくるのが可笑しいやら愛おしいやらで……笑いが止まらない。
『金子っ?!』
 また怒鳴られる。
 既にくすくす笑っていられなく素直に本能赴くままに笑っていたから相手を本格的に怒らせてしまったようだ。
「いやあ、本当に済まない。
 ああ、俺って本当に土田に愛されているなと実感してしまってな」
 一瞬の間の後、どうしてそうなる!! と、喚かれた。
 おそらくあの空白の一瞬は口をあんぐりと開けてパクパク口を動かしながら必至に言葉を出して 漸く出たのがそのセリフだったのだろう。憲実の顔を想像出来るだけに楽しい。寡黙で 無表情何を考えているかわからないと言うのが周囲の評価だが、これほどわかりやすい人間も居まい。 それを俺は知っていると思うとにやけてしまう。
『金子……貴様は……』
「だってそうだろ、普通なら抗議なぞせずに葉書を破り捨てるなり無視すればいいのに」
『あ……』
 やっぱり気付いていなかったか。
「ああ、今から破り捨てるな。俺が傷つく」
『いや……そんなことはしない……が』
 そうか、と笑う。

 先程からずっと光伸の笑いしか聞こえない。馬鹿にされているようで怒っていたのだが、 そうかと笑みを含ませた深みのある声で何となく気分が落ち着いてしまった。
 光伸の声はたまに不思議な効力があると思う時がある。
 声だけではなく光伸のやることなす事で憲実を救っていることがあるから、とても不思議だ。
 誰よりも気が回る実は苦労性の光伸の『努力』故だと憲実自身気がついているので、本当に彼は 自分をよく見ているのだなと感心すると同時に気恥ずかしくなる。
 おまけに、いつもいい頃合いで助けに入る。
「……」
 憲実は電話のラッパ型の話口を見つめ、ふとあの葉書を見た前後を思い出す。
(そういえば、要の葉書に少し重くなっていたのだったな)
 未だ引きずる初恋。学校では光伸とそういう関係(肉体関係があるので完全否定出来ないが)となった 今でも要のことは忘れられないでいる。そして、光伸もそれをわかっているから気を遣ってくれることがよくある。
『どうした、土田?』
 黙っているのはおまえらしいが? と、少し皮肉げな声が耳に届く。明らかに心配されているのが わかる調子に憲実は知らず苦笑を漏らす。
「いや……」
 と、いって言い直すように重々しく言葉を紡ぐ。
「実はな……要からもきた」
 え、と驚きの声を漏らすのが聞こえる。
『そうかよかったじゃないか』
 本当によかったのかわからないが、光伸がそういうとそう思えてくる。はにかむ笑みのような息をもらす。
「元気そうだった」
『そうか。で? どこからなんだ?』
「いや……差出人の所には名前しか」
『だが、消印は押してあるだろ?』
「あ……。後で確かめてみる」
『そうか』
 ぷつりと物が切れるような沈黙が訪れる。
 優しい落ち着いた声が妙に安心させる。ふと気がつく、また憲実の要への思いを慮っている事に。
 金子らしいが、それが最近重く感じている。何故か。
「そういえば声」
『ん?』
「掠れているような気がするが」
『ああ、そういえばそうだな……』
「風邪でもひいたか?」
『いや、昨日朝方まで飲んでいたからな』
「親父さんのつき合いか?」
『ふーん、土田よくわかるじゃないか』
「茶化すな」
『さっきまで寝ていてな、土田の電話だと聞いて飛んできた』
「……馬鹿か」
 いつもの調子で口説くような言葉に思わず顔が熱くなった。最初は巫山戯るなと純粋に 苛立つぐらいだったのだがどうにもこうにも言葉にほだされているようでこんな反応が出る ようになってしまった。困ったことだ。
「寝ていたということは……今までか?」
『ああ』
 実際は妹が五月蠅くて半刻前からうつらうつらしながらも目が覚めていたのだが、 流石に憲実もそこまではわからない。
「……年の初めぐらいきっちりしろ」
『と、言われてもねえ。帰って来たのは四時だぞ。それに今は午前じゃないか』
 十分早いと言いたげな光伸にぴくりと眉が跳ねた。
「何処が早い?! 俺は今日は五時起きだ」
『げっ。……といってもいつも通りだな。じゃあ、俺もいつも通り』
「なら、せめて七時に起きろ」
『五月蠅いぞ。ああ、どうしてウチの嫁さんはこうも口うるさいのやら』
「嫁と言うな!!」
 結構気にしていることだ。こんな事無視しておけばいい。自分の狭量さに嫌になる言葉なのだが、 やはり何故自分の方が嫁なのかわからず、それが当然だという周囲に腹が立つ。
「用は済んだ、切るぞ!!」
 礼儀上間違っていないだろうと受話器を電話機にたたきつけようと腕を振り上げる。
 微かに聞こえる光伸の声は必至に謝っている。知るか。おまけが怒らせたのが悪い。自業自得だとフリ下げた瞬間、
『土田』
 酷く真剣な声に腕が止まった。

『正月からおまえの声聴けて嬉しかった』

 え、と思わず零れる声と同時にぷつんと受話器から回線が切れる音がした。
「……」
 深く息を吐き憲実は受話器を両手で包む。
 光伸の無器用な優しさが心にゆっくりと染みいる。

「……新年の挨拶していなかったな」

 ぽつりと呟いて受話器を戻す。
 かたかた鳴るガラス窓の向こうの景色は寒々しかったが、何となく今の憲実は暖かい心持ちだった。
 挨拶なら、新学期に会ったときに言えばよかろう。
 去年も、まだ互いの胸の内など知らなくて誤解していた頃、酷く余所余所しく義務的に挨拶したように。
 今年に関しては、普通に挨拶をさせてくれるか難しいだろうなと新年早々級友達が囃し立て光伸が調子に 乗って火に油を雪ぐ、それに怒鳴りまくるか黙ってやり過ごすかはわからないが酷く騒がしい新学期の 顔合わせになるだろう。そう思うと胃が痛くなるが、それはそれで楽しいのかもしれないとこの時憲実は 確かに思っていた。
                                      ――――了


ふうりえさんから頂いた年賀SSの土金ですーvv
ふふ〜、何気にらぶらぶ〜!ありがとうございました!