蝉の声と休暇と西瓜と

 時間軸 ED後学生時代
 登場人物 金子光伸、土田憲実

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 その年の夏、何故か俺たちは二人で過ごした。


「あー。暑い。何か冷たいものはないか?」
 畳の上で溶けかかっている俺に土田は微かに笑み投げかける。
 お、流石は土田、わかっている……と思ったら。
「ぐはっ」
 次の瞬間。俺は蛙が潰れるような声を出していた。
「つちっ、だっ!!」
 ぐりぐりと何度も俺の腰を足蹴にする。涙目で見上げてみれば、さっきの微笑みは何処へやら、奴の顔はすっかり何時も通りの無表情になっていた。いや……ちょっと怒ってる?
 とどめとばかりに踏みつけていた足に負荷がかかる。呻きが長くのびる。苦しい、そして熱い。
 土田の足はとても熱かった。
 それでいて汗はかいていないので結構心地よかったり。この何とも言えない苦しさを除けば結構、楽しかったりする。
 が、
「何をするっ!!」
 勢い付けて起きて、足を退かせる。
 不意打ちを食らった方は一瞬、驚いた様子を見せたがすぐに元の無表情(少々強面)に戻っていた。
 どう考えてもお前が悪い。と、顔にこれがまあはっきり書いているものだから少しばかり不快になった。
 いや、わかっているんだが。わかっては。
「何もせず寝転げているヤツが何を言う」
 おまけに土田と来たら、俺はちゃっかりわかっていることを指摘してくる。これまたちとむかっときた。
 例え、リーベで(絶対本人には言えないが)好きでたまらない土田といえ自覚していることを指摘されるのは腹が立つものだ。いや、寧ろ親しいからこそ……なのかもしれない。
 上目遣いにそれはもう恨みがましく睨んでいたら、土田の方が折れた。大きすぎる溜息を吐き捨てて、それはもう嫌々、しょうがないといいたいばかりに黙って部屋から出ていった。こういう時の土田は間違いなく……。
 俺の予測は数分後に的中した。
 水を並々に注いだグラスを持ってきてくれた。
「たまには動け」
 つっけんどに渡されたグラスを受け取って、気が向いたらなと応えたら軽く頭を殴られた。
 いや。わかっているんだ。とてもわかっているけれど。
 少し染みいる痛みを頭に感じながら汲みたての水を飲み干す。
 目が覚めるような冷たさは喉を通り胃の辺りまでしっかり冷やしてくれた。お陰で、ぼんやりした気分もすっきりした気になる。
 今年の夏は暑い。
 空梅雨たったし、夏の始まりはその分早かった。おまけに空梅雨を引きずるように夕立もなく夜も寝苦しい日が続いていた。
 お陰で体力は減退。体力がなくなれば気力も減退。ついでに精力も落ちていて、折角二人きりで過ごしているにもかかわらず、俺たちの間は殆ど何もなかった。
 せいぜい、こうやってじゃれあってるぐらいが限界で、気持ちもそれで満足しようと作用する。
 全くもっていかん夏だ。
 思わずこぼした溜息がグラスの中をグルグル彷徨う。
「どうした?」
 少し離れたところで座っているだけの土田が声をかけてきた。
「え?」
 突然のことで質問の内容も吟味できず戸惑いの声を上げたら土田も戸惑いで返してきた。おいおい、話しかけてきたのはおまえだろ。
「あ……いや……溜息などしていたから」
「ああ」
 そういえば。そんなこともしたか。
 グラスを見つめる。
「……退屈か?」
「え?」
「いや、殆ど何もしていないから」
「そうだな」
 正直、何もないと気付くことは出来るが殆どは気力を削がれ、暑気にばかり気を取られるからあまり気にしていなかった。後から悔しいやら勿体ないと思いはするとしても。
「だが、退屈……とは思わなかった」
 何もないが、少なくとも土田と一緒にいられると言うだけで楽しい。こうやって何もせず寝転がって時々土田を相手にするのは……これって、結構贅沢かもしれない。
 学園では何時も周囲に人がいる。勿論二人きりになれないこともないが、こんな風に四六時中ということは不可能に近い。また、長期休暇においても家族思いの律儀な土田はさっさと実家に帰ってしまう。
 これはかなり贅沢ではなかろうか? いや、かなり贅沢だ。
「何を笑っている」
「ああ、すまん」
 手を振って詫びを入れる。土田の不審顔すらなんだか心弾むものがある。
「ふと考えたら、退屈など思っては罰が当たるなあ、と思ったんだ」
「?」
「土田は……退屈か?」
 寝返りを打って土田を正視する。胡座を掻いていた土田が少しだけ動揺に顔を歪ませているところだった。
「いや……」
 やっと返ってきた返事には嘘がなかった。わかったら嬉しかった。どういう気持ちからそういってくれているのか分からないが少なくとも俺と一緒にいる時間を無駄と思っていない。
 やはり、独り相撲は嬉しくない。
「結構楽しい」
「それはよかった」
「だが」
 急に難しい顔になった。
「少しは家事とかを手伝ってくれると助かる」
 途端俺の中で何かが弾けた。
 呼応するように俺の喉から笑いが溢れた。
 笑い飛ばす俺に土田は顔を真っ赤にして怒っていた。殴りかかろうとする姿を目に入れながら、俺は何でもなくただ流れるこの時間をしっかりと幸せとして噛みしめていた。

 暑いけど、何もできないけど、それはそれで幸せなんことだ、と。


                        ――――了


誕生祝いに頂いた土金SSです!
毎度リクが土金ばっかりですみません(笑)