窓の外では、空から白いものが落ち始めていた。



少し前に、同室の男から、このような話を聞いた。
西洋の国では、今の時期に「クリスマス」というのをやるのだと。
そしてそのクリスマスだから、お前は、小使いの彼に贈り物をしたらどうか、と。
金子は、そう言った。

・・・おかしな話だと思った。

金子の言うことが、法螺だと思っているわけではない。
俺はその、クリスマスとやらを知らない。
知らないが、金子の言い分がおかしいと感じたのだ。

「せっかくのクリスマスなんだ。お前もメートヒェンに何か贈ったらいい。
きっと、彼の中のお前の株も上がるだろう。」

そう呟いて、薄く笑う男の顔が、ひどく物欲しげに見えた。
裕福な家庭の生まれの金子に、そんなことを告げたなら、
本人は怒るに決まっているだろうが、

俺はその時の金子の顔が、物欲しげに見えた。

元よりあいつは、本心をはぐらかし口元だけで笑う癖がついている。
その時も、そうやって笑っていた。
他人にものを贈れと言っている人間が、それを乞うような表情をしている。
納得が、出来なかった。
だから俺は、最後まで金子の問いに答えなかった。
「もう用意したのか。」
「野暮なものは贈るなよ。」
そう言う男の言葉を全て流して、部屋を出た。

***

贈り物を探すわけではないのだから、街になど、本来は用は無い。
ただあの瞬間に、彼と同じ空間に居るのが、
珍しく、辛いと感じた。
だから、部屋を出た。学校自体からも抜け出した。
師走の街にたどり着いた。
どの店も、年越しと新年を迎える準備の真最中で、
「クリスマス」などを祝っている場所は、無い。
聞けばそれは、とても明るい祭りだと言う。
想像でしかないが、それならば抱月辺りが喜びそうな催しだと、俺は思う。
その彼が、今の「彼」には、ついている。
俺が、何をすることがある。

「・・・・・・・・。」

俺はふと、「それ」に気がついた。
黙ってそれを見つめていたら、店の主人が勝手に八掛け(※)で売ってくれた。
気に入ったのだと思われたようだ。
これを土産に帰るかと、白くなり始めた道を歩く。


寮室に戻ると、金子は窓際に座っていた。
割と早く帰ってきたからだろう。苛立ったような声で、
「何だ、彼に贈る品物を調達しに、街へ行くんじゃなかったのか。」
と、あいつは告げた。
何故そこまで、彼にこだわるのだ、お前は。
俺が問いに対し、ただ否定すると、金子はまた声を荒げて言う。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え!」
言いたいことがあるわけでは無いが、渡すものなら有る。
後ろ手に持っていた土産を差し出すと、金子は驚愕の表情を見せていた。

「・・・何だそれは。」
「凍り餅、だが。」

育ちの良い彼は、凍り餅を知らんのだろうか。
寒空の中、四角く切った餅を縁側などに吊り下げて作る保存食。
白い餅に紅入りの赤い餅、よもぎ入りの緑。
どうやら実際見たことは無くとも、存在自体は知っていたらしい。
しつこく「それをメートヒェンにやるつもりなのか?」などと聞いてきたから、
俺は告げた。
これは、お前にやるのだと。

そんなものなどいらん、とは言わずに、
金子は黙って、俺の手から凍り餅を受け取った。
ほんの少し触れた指が、冷たかった。
外の雪に連鎖して冷えた窓際に、寄っていたからそうなったものか。
窓から外を眺めていたのは、俺の帰りを待ってくれていたのだと、
自惚れても良いものか。
抱きしめた彼の身体は、同じく少し冷えていた。


この雪がやむ前に
真実の言葉は聞けるだろうか
この白い雪のように
絡んだ互いの身体がいっそのこと融けてしまえと
柄にもなく思った

<了>



(※):八掛け(はちがけ)・・・8割の値段。2割引のこと。
「イブ」の土田版でした。
何げにらぶらぶであると、思う。2004.1.9


back   index