ダッフルコート

***

話をしてくる、と貴方は、矛盾したことを言う。

彼はもう、話せないのに。
彼はもう、動かないのに。
血の通わない、冷え切った身体を暖めるかのように、その身体にコートをかけて。

”お疲れさま”と、”ご苦労だった”と、ねぎらいの言葉は使わず。
貴方はこの時だけ、普段使わない、罵倒の言葉を用いる。

「莫迦者が」

部下が1人、殉職した。
たった1人の、
大切な1人の、人間が。
隊長が我々に望むことは、いつも、たった一つ。
「死ぬな」

「私は、自分がどうして生きているのか、分からないんだ。
だから己の命を他人を救う為に使おうと、憲兵になった。」
そう言う、貴方。
誰より一番、命の大切さを理解している人。
「死ぬな」
静かに、しかし強く、そう指示した。
それでも、守りきれずに倒れる者が出て。

霊安室に、1つの遺体と、彼を見守る黒い髪の憲兵が1人。
まるで、単に眠っているかのような彼の身体に、自分のコートをかけて。
「ありがとうございます、と礼を言ってみろ。」
そうつぶやいた声は、むなしく空に消えた。

<了>

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