宅配便

***

憲兵隊の隊則には、このような決まりがある。
「憲兵は、個人の荷物を勤務先で受け取ってはならない」

・・・

「けんぺいは、こじんのにもつを・・・?」
エドワルドは、そう声に出して読んでいる。見ているのは、こげ茶色の表紙の、
手帳のような大きさの本だ。
これは憲兵隊の隊則が書かれた本で、憲兵は常時、これを身につけて
いなければならないことになっている。
実際そうしている者は、わずかだが。
ともかくエドワルドは今、普段あまり読み返さない隊則などを眺めている。
「読んでみろ。」とシルバーが言ったから。

「あぁ、確かに。”憲兵は、化粧をしてはならない。”」
そうエドワルドが朗読すると、シルバーは「だろう?」と答えた。
彼は、違う行も読む。
「”長い髪は、紐・ゴム等でまとめること。”
長髪は、いいんですね。
・・・ピアスはいいのにイアリングが駄目なのは、よく分からないなぁ。」
エドワルドはパタンと隊則を閉じた。彼が本当に知りたかったのは、
2番目に出てきた話題についてだった。

先ほど、この大佐はふいに、隊長に尋ねたのだ。
「隊長は、お化粧はされてるんですか?」と。
するとシルバーは、珍しく、問いに問いで返す。
「お前は、目の前の人間が、化粧をしているように見えるのか?」

「・・・・見えませんけど。」とエドワルドは小声で答え、
「分かっているのではないか。」とシルバーは言う。
あまり外面にこだわりのない第3小隊の隊長は、続けてこうつぶやいた。

「クリームだけは、塗っているがな。
さすがに、25を超すと、肌に来る。
しかしエドワルド。憲兵は、化粧自体が禁止されているのだぞ、知らないのか?」
そう言って少佐を驚かせ、彼に自分の所持していた隊則を渡し、自身の目で
確かめさせたというわけだ。
身なりについての規則はまぁ納得が出来たのだが、エドワルドは、
最初にあげられた項目の、存在理由が分からなかった。

「詰所に、宅配便を呼んでは駄目ってことなんですか、これ?」
エドワルドは、憲兵として先輩の相手に尋ねる。シルバーは肯定した。
「そうだ。どんなに自宅をあけていることが多くても・・・我々は
勤務時間が不規則だからな・・・自己の荷物は自宅で受け取れ、という
意味だ。」
「何故、こんな決まりが??」
不思議そうに相手の顔を見つめるエドワルド。シルバーは言った。
「分からないのか?」
それからシルバーはフフと笑い、彼に向かって、告げた。
「じゃあなエドワルド。お前に1つ、昔話をしてやろう。」

「ある時、新米のいち憲兵が、宅配屋から、荷物を受け取ったんだ。
宛名の住所が、憲兵隊詰所で隊の番号まで書いてあり、
受取人の名前は”クレブナー中尉”
新米君はその中尉を知らなかったが、自分の所属する隊番号だったから、
きっと隊内にいる先輩の1人だな、と思った。
で、その中尉と会えるとも思えなかった新米君は、会議室の中央に、
一時的にその荷物を置くんだ。
それから数時間後。」

シルバーは少しだけ黙った。もったいつけているのだ。
エドワルドが「それから?」と聞くと、黒髪のひとは、子供のように茶化して、
答えた。

「どかーん。」

エドワルドは目を見開く。そして尋ねた。
「爆発したんですか?!」
「あぁ、爆発した。会議室じゅうの机が、こっぱみじんだ。
まぁ、被害が机だけで良かったというものだがな。
実はクレブナーという名の中尉は、その隊にもどの隊にも存在しなくて、
憲兵隊を狙った、過激な”イタズラ”の一種というヤツでな。
それ以後、そういう不審な荷物と紛れるといけないから、と、
憲兵は、自己の荷物を隊宛に送ってはいけないという規則になったのだ。」

聞いてみれば納得のいく話である。エドワルドは思うことがあって、
隊長に聞いてみた。
「その新米君って、もしかして隊長とか?」
シルバーは首を振った。
「いや、私の所属していた中隊で起こった事件だが、荷物を受け取ったのは
私ではない。歳は1つ上の、同期の男だ。
彼と合同で、爆発物を送ってきた犯人を突き止めた。褒められたぞ?」

シルバーは、カラカラ笑う。すでにこの憲兵の中では、それは「楽しい思い出」に
成り代わっているのだろう。
隊長にも同期の仲間がいたのだなぁと、エドワルドは当然のことに、何故かホッとした。

・・・

その日の夜。
シルバーが久しぶりに自宅に帰ってくると(大抵、憲兵隊詰所の自室で寝て
しまっているので、あまり家に帰らない)、玄関先に、荷物=箱=が置いてあった。
ご不在でしたので、失礼してここに置いておきますとの、メモ書き付き。
おそらく何度も配達に来たのだろうが、部屋の主がなかなか帰ってこないからだろう。
差出人の名前は、昼間話題に上った同期の男。
彼は今第6小隊に異動になったので、しばらく顔を合わせていない。

シルバーが部屋で箱を開けると、中にはシャンパンが2本入っていた。
ちいさなカードが1枚、添えられている。
内容は、「新婚旅行で海外に行った。場所がシャンパンの名産地だったから、
買ってきた。無論飲んでも構わないが、一気にあけるなよ?」というもの。
シルバーが、無類の酒好きなのを、知っての台詞だろう。
そうか結婚したのかと仲間の吉事を素直に喜び、シルバーは、今日は1本だけ
頂こうかなと、シャンパンの蓋を開けた。

荷物からはポンという、可愛い音だけが部屋に響いた。

<了>

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