散歩道

***

ウィルヘルムの妻、クローネ・カールバッハは軍に勤める看護婦である。
ある時、彼と彼女の出会いがどんなものだったかと、尋ねるものがいた。
ゴシップ好きな青年、エドワルドなのだが。
その時居たのは、当のクローネ女史、エドワルド、そして隊長のシルバーの
3人だ。
第3小隊に医薬品の支給に来たところを、捕まえたらしい。
シルバーはあまり、ひとの色恋話に興味があるとは言えなかったが、2人が
話しているのを、微笑んで眺めていた。

ウィルヘルムという男は元々、「女泣かせ」という異名を持つほどの、
女性関係が派手な人物だった。
その彼が、当たり前なのだが結婚を機に、ぴたりとその「癖」を改めた。
そんな風に彼を変えたこの女性は、どんな人物なのかと。そしてこの夫婦は
どういった出会いかたをしたのかと、エドワルドは気になっていたのだ。
・・・酒を飲むとひどく過激なことを言う女性だということは、分かっていたが。

ともかくエドワルドは、彼女から話を聞く。
クローネは、ぽつりぽつりと話しだした。

「あのひとを初めて見たとき、”何て格好悪いひとかしら”と思いました。
・・・数年前、ある病院に勤めているとき、彼は仲間数人と、廊下を歩いていたんです。
私はそれを、遠くから眺めていました。
軍服を着た男性なんて、珍しかったからです。
そしたら突然、あの人だけ転びました。
すっごく間抜けな転び方でした。見ているこっちが、恥ずかしくなるくらいの。

数日後に私はまた、中庭で、あの軍人の団体を見かけるのですが、
背が高いあの人は、やっぱり転びました。
今は片方の足を義足にしていますけれど、元々転びやすい体質のようですね。
あんなので、若い頃から”女泣かせ”だったのですから、デート中は
運良く転ばなかったのかもしれません。

ともかく、当時名も知らない彼が2回転ぶところだけを見て、
私は、うっかりした軍人さんがいるのだなぁとだけ、思っていました。

数日後に、医薬品を載せた台車を押して、廊下を歩いていると、
ある違和感に気づきました。
確かここに、細いコードが一本床を這っていて、いつもガタンとその線を
乗り越えさせて、台車を進めていたのですが。
見るとコードは、廊下の天井を這っていました。ビニールテープが無造作に
貼り付けてあって、それをやったのが、あまり手先が器用な人間でないと
分かります。
すぐ近くの部屋の入院患者さんに、聞いてみました。
すると、”この間、背の大きな兄ちゃんが、やっていったよ。え?病院の
ひとじゃなかったのかぃ?”
と言われました。
私は台車を目的地まで運んで、ふと窓から中庭を見ると、男性が1人、
花壇の手入れをしているように見えました。
本当は花壇の手入れじゃなくて、遊歩道の土を掘っていたのですけど。

「何をしているんですか?」と私は彼に近づいて、そう声をかけました。
中庭の「道」の土を掘っている彼は、微笑んでこう言いました。
「石が有ったから、掘り返してるんです。」
あぁ、ちゃんと病院側の許可は取ってありますよ。と、格好から看護婦だと
察して、彼は私に言いました。
背の高い、濃い茶色の髪をオールバックにした男性でした。
その時は、私服でしたけど。
どうやら休みをさいて、その作業をしに、やってきていたらしいです。

その後同僚に、ウィルヘルム・カールバッハというプレイボーイが居ることを
聞かされます。どうやら背格好から彼だとは分かったのですが、気になりません
でした。
大抵の女子は、彼を見て、第一印象を格好いいと言うけれど、
私は、何て格好悪いひとかしら、と思ったから。
他人の為に、道のつまずく原因となるものを、黙って除けておいてくれるような、
優しいひとだから。
だから私は、彼が好きになったんです。

とても転びやすい体質のウィルヘルムですが、体が大きいから、
年を取ったらなおのこと、義足では、足下がおぼつかなくなるでしょう。
私が勤めていた病院は、夫婦で入れる、老人ホームを兼ねたようなところ
だったんですよ。
あのひとを乗せた車いすを押して、ふたりで、あの道を散歩するのが夢なんです。」

そして彼女はコロコロ笑う。少ししてからウィルヘルムが、書類を抱えて
現れたので、シルバーは愛情の念を込めて「わはははは。」と笑ってやった。
ウィルヘルムは何が何だか分からずも、顔を真っ赤にして、
「ク、クローネ!お前、何かおかしなことを喋っただろう!?」
と叫んだ。シルバーは口に手を当てて、彼女の弁護をした。
「フフフ、いや、女史は何もおかしなことは言ってないぞ?」

絵に描いたような幸せな家庭というのは、存在するのだなと思うと、
少しおかしかっただけだ、とシルバーはつぶやいた。

<了>

<<<お題創作青トップ
<<<ホーム