パラノイア

***

リッテルが、頼まれた資料を持ってシルバーの部屋を訪れると、
部屋の主は事務机について、片肘をついた状態で、眠っていた。
リッテルは、こういう状態の隊長を、たまに目にする。

シルバーがこういった「隙間」の時間に眠ってしまうのは、
日頃ハードなスケジュールを、ぐち一つ言わずにこなしているからに、
違いない。
非番の日ですら、何か問題が発生すれば、自分やエドワルドは、彼の人を
頼りにいってしまうのだし。
職業病というか、シルバーは例え、寝台の上に横になっても、あまり
深く眠れないのだということを、以前聞いたことがある。
だからシルバーにとって、椅子にかけたままウトウトするのは、大事な
休息時間というわけだ。

シルバーは、たまにうなされながら眠っていることがある。
そんな時リッテルは、相手を起こす事にしている。
そうしてくれ、と本人に言われたという理由もある。
例え頼まれていなくても、リッテルは自身の考えで、隊長を揺り起こす
だろうが。
顔を少し横に傾げて、眠る人の顔を覗き込むと、シルバーは穏やかな顔で
瞳を閉じていた。
リッテルは資料を置いて、そのまま静かに部屋を出ようとした。
しかし黒い髪の憲兵は目を覚まして、自分の副官に声をかける。

「・・・・っ、あぁリッテル・・・。
書類を持ってきてくれたのだな、ありがとう。
・・・すまんな、私はまたうっかり眠っていたようだ・・・。」
「お疲れなのでしょう?どうか、無理をなさらずに。」

優しく声をかけるだけの、リッテル。その時彼は、相手の瞳が何だかぼんやり
していることに、気が付いた。
そう、この時シルバーは、普段通り喋っているが、実はまだ、半分頭が
寝ていたのである。
むにゃむにゃと、子供が寝言をいうような口ぶりで、シルバーは続けた。

「なぁリッテル、お前は、考えたことはないか・・・・。
私達の今おかれている、この状態の世界が全て”つくりもの”で、
私達は、夢を見ているだけで・・・。
実は、争いもいざこざも何もない、憲兵など必要のない平和な世界なのだとしたら・・・。」

そうならば、私達は職を失って食いぶちを探すはめになるが、それはそれで
嬉しいじゃないか・・・とシルバーは、つぶやく。
リッテルは一瞬驚いてから、「・・・・そうですね。」と静かに告げたが、
見るとシルバーは、机の上に伏している。
その身体からは、かすかな寝息。

眠ってしまったらしい。
いや、最初から起きていなかったのか?

考えたが、答えは見つからないだろうから、リッテルはそのまま部屋を出た。
廊下を歩きながら、リッテルは考える。
先ほどのあの話は、寝言などではなく、隊長の本心であるだろう。
残念ながら現実は、自分達を大いに必要とする、乱れた世界であるのだし。

願わくばあの人が、もっとゆっくり、安心して眠れるだけの、
安息と秩序があふれた未来が、作り出せますように。
そう、リッテルは願った。

<了>

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