神様に

***

シルバーがまだ、第三小隊の隊長ではなかったころ。
一介の少佐で、先ほどつけた副官のリッテルと、会議に出ていた頃の話だ。
急にリッテルだけが、呼び出されて。
何かと思い席を外した彼は、それ以降戻ってこなかった。

会議を終え、シルバーが部屋を出ると、廊下には複雑な顔をした 青年の姿が。
リッテルは、手に一枚、紙切れを持っていた。
出たきり戻ってこなかったのも気になっていたから、シルバーは尋ねる。
「どうした?」と。

薄茶色の髪の青年は、深く息を吸い込んでから、ただ一言、告げた。
「弟が、死にました。」

「・・・・・・!!!!」
これ以上無いほど、驚愕の表情を浮かべているシルバー。
リッテルだって、突然の訃報に驚き、悲しみもしているのだが、
どうしても、告げなくてはならないと思ったから。
このひとに。自分の上司に。弟の、親友だった相手に。

まるで他人事のように冷静に、伝えなくてはならないと思った。
それは、己が動揺していては、相手が、素直な感情を表しきれないと推測されたから。
このひとは、親友だった男の死を聞いて、泣くだろうか。
そんなことを、ぼんやりと思った。

「・・・・っ!」
黒い髪の若き憲兵は、唇を血が流れそうなくらい、噛みしめている。
それを見て、リッテルは思うのだ。
あぁ、このひとは。
わがままに、自分勝手になることが、ひどく下手で。
今だって、叫びだしてもいいくらいの思いを持っているのに、
心の中に押しとどめている。
とても優しく、不器用なひと。
泣き叫べば、「私」が困惑すると思ってだろう。

「少佐。」
敬意を持って相手の名を呼ぶ。リッテルは、続けた。
「・・・・泣いても、いいですか。」

本当は、泣きたかったのだ。
思い切り泣いて、彼と過ごした楽しい日々を思い出して。
己と近しい存在の、肉親が死ねば、悲しいのは当たり前だ。
ぽっかりと、心に穴が開いたよう。
ただ、許可をとってからそうしようと考えたのは、
目の前の人物も、逝った弟を心から思っていてくれたに、違いないから。

貴方が、彼を思って、泣いてくれるのなら。
私は、貴方の楯になる。人目を気にせず泣けばいい。
ただ、そこまで素直になれない場合は、
私が代わりに、涙を流すから。

リッテルは泣いた。成人男性にあるまじき行為だ、と称されるほど、
号泣した。
誰もいない廊下に、立ちつくす2人。
ひとりは大きく、悲しみに打ち震えて。
ひとりはそんな彼の肩を、包み込むように抱きしめた。

・・・素直になれない自分の、代わりをつとめてくれた事には、
気づいていたから。


シルバーは、思う。
もし神という存在が居るのなら、尋ねてみたいのだ。
神にこう、問いただしてみたい。

「何故あなたは、優良な若い芽を、まだ育ちきってもいないうちから、
刈り取ってしまうのか。」と。

<了>

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