コンクリ

***

雨が降っている。
体中が冷えるのは、そのせいだ。
雨露がかからない所まで移動したいが、それも叶わない。
冷たい石の上に伏してから、どれだけ経つだろう。
起きあがれない。手足が動かない。
だからずっと、そこに寝そべっているだけ。

ここで死ぬのかな・・・。

そんなことを、ぼんやり考えた。
すでに、どうやったら生き残れるかなどと考える余裕はなかった。
ただ、自分の死に場所はここなのか、もっと違う場所なのか。
違うとしたら、いつ見つかるのか。
そんなことを考えた。
決められた死に場所以外で、果てるのは嫌だ。
何故そんなことを思うと聞かれても、答えられないのに。

雨の降り続く中、私は路面に伏し続けていた。
そこを、幼年学校の校長が、拾った。
それが、過去だ。


だらだらと、足から血が流れている。
出血理由の傷よりも、頭が痛い。
意識が、もうろうとしてきた。
壁に背をもたれかけていたが、力が入らずに、ずり落ちる。
周りには、煙があふれている。炎があがったらしい。
失敗したなと、思った。
何がまずかったというより、今のこの状態がだ。
例え途中で何があったとしても、終わり良ければ全て良しといえるが、
肝心の相手を、取り逃がした。
そして自分は、殉職しかけている。
大失敗だ。普通なら、始末書をかかなくてはいけないような問題だ。
生きて帰れないから、始末書も何も、あったものではないが。

ここで、死ぬのか・・・・。

冷たい石の床に頬を寄せて、私は考えた。
ここが、私の死に場所だろうか?名も知らぬ、廃墟のようなビルの一室が。
誰に看取られての死も望まないが、ここなのだろうか?
違うと思いたいが、死に神は確実に、私の元へ歩み寄っている。
私は、考えるのをやめた。すでに、その余力も残っていなかった。

「・・・・・っ!!・・・・!!」

最後に、誰かの叫び声を聞いた。
おかしいな、ここには私以外の人間は居ないはずなのに。


気が付くと私はまた、無機質な灰色の石の上に寝そべっていたが、
先ほどまでとは違った点が、幾つかあった。
第一に、怪我の手当がしてあるという事。
第二に、母親が赤子を抱くように、上半身だけ誰かに抱えられて、
抱きしめられているという事だ。
治療が、誰の手によってされたのかは明白だ。考えるまでもない。
次に、己を抱えているのが誰かという点だが、足下を見た視線を上にやれば
容易に分かりうることなのに、私はそれをしなかった。
ただ、触れた身体から感じられる体温が心地よくて、瞳を閉じて、
相手に体を預けていた。

顔を見なかったのは、それも誰だか知っていたからだ。
ヤツは香水などはつけていないが、身長が178センチある私の肩を、
包むように抱くことができる人物は、そうはいない。
足下への血流を良くする為に、上半身を”あげて”いるんだろう?
あぁリッテル、お前の処置はいつだって的確だよ。
そばに感じるお前の身体があたたかくて、落ち着いて眠れたという話は、黙っておく。

誰に看取られての死も、望まないつもりだった。
自分には、そんな人がいないと思っていたから。
ただ思うのは、誰かの腕の中で命尽きることが出来たなら、それは何と幸福な
ことだろう、と。
私はまだ、墓石の中で眠るのには、早い人間らしい。
石は冷たく、人はあたたかいということを、改めて知った。

<了>

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