満員電車

***

×月××日
電車で私の尻なんぞを触る物好きがいたから、腕を締め上げて捕まえ、
鉄道の警察隊に引き渡した。
時間がなかったので調書を書く場には行かず、連絡先だけを教えて帰った。

・・・

「・・・隊長、外線電話が入っています。」
との、リッテルの言葉。言われてシルバーは、それに出た。
第3小隊の隊長は、しばらく電話の相手と喋っていたのだが、どうも
埒(らち)があかないらしく、話が詰まっているように見えたので、
リッテルはそっと声をかけた。

「隊長?何かトラブルですか?」

それを横から聞いていたシルバーは、あぁいや、いいと小さく答え、
「ですからこちらも忙しくて、そちらにはそうそう、簡単に参れません
のですよ!」と語尾を荒げてから、話途中だろうに、受話器を置いて
切ってしまった。
何事だろうと、皆が思う。
シルバーが席に戻ってくると、エドワルドがまず聞いた。

「隊長、何かもめておいでのようでしたが、何があったんです?」
するとシルバーは、つまらなさそうにフンとひとつ息を吐いてから、部下達に
答えを与えた。

「痴漢の事件は実に面倒くさいな、親告罪だから、無理もないが。
調書を書くのに協力しなかったから、あとで何でもかんでも尋ねられる・・・。」
痴漢という言葉を聞いて、全員が首を傾げる。
無口なクリストファーが珍しく、声を発した。

「痴漢に遭われたのですか、ご自身が?」
シルバーは優れた憲兵だから、たまたま居合わせた場で、狼藉者を捕まえたという
状態は、珍しくないだろう。
ただ、痴漢を捕まえて引き渡しただけなら、”しつこく質問される”ということには、
ならないと思ったのだ。だからクリストファーは、隊長自身が被害者なのかと尋ねた。
カンの良い、白っぽい金髪の青年に、シルバーは肯定の意の言葉を送る。

「あぁ。この間出張で、テルミネを出る機会があってな。
電車でそこまで向かったのだが、帰りの車内で、中年の男に尻を触られた。
満員だったが、”どの手”かは判断できたから締め上げて、鉄道警察に
引き渡してきた。
確か・・・・あぁ、あった、×月××日だな。」
シルバーはどうやら、自分の手帳にメモ程度の日記を付けているらしい。
あとで見返すと何かと役立つそうだ。各種報告書には書かない程度の出来事を
書き記している。

それは良いのだがシルバーの部下たちは、そんな事件があったこと自体に驚いている。
別に、シルバーが痴漢に遭うように見えなかったとか、そういうことでは無くて。
純粋に、彼の人が被害に遭ったことに、憤慨しているのだ。
熱くなりやすいタイプの男、ウィルヘルムは、言った。

「そんなことがあったなんて!!
どうしてもっと早くに、言ってくださらなかったんですか!!」
「言う?何故お前達に報告せねばならない?
言ったところで、どうにもならないだろうが?」
シルバーは、けろっとしている。極端な例えだが、これが、知らぬ男に暴行を
受けたという事件であったとしても、この黒髪の憲兵は、そんな顔をしているように
思える。
結構な問題であるのに、相談されなかったという事実に少しがっかりしつつ、
リッテルが続けた。

「隊長。やはり今度からは、遠くに行かれる際には車をお使い下さい。
私が、運転いたしますから。」

彼の言葉はシルバーの副官としての職務的に、間違いは無かったものの、
そんな言葉で自分をアピールできるのは羨ましいなと、エドワルドは思った。

<了>

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