マシュマロ

***

3月14日は、ホワイトデーという行事の日だ。
憲兵の間に、ヴァレンタインとホワイトデーの習慣が広まったのは、
ほんの数年前のことだが。
ホワイトデーというのは、ヴァレンタインのお返しの日である。
1ヶ月前、多くのプレゼントを貰ったがゆえに、そのお返しに苦労する
はめになるうらやましい男は、第3小隊には、1人しかいない。
クリストファーだ。
男でなくて、悩んでいる人物なら、他にも居たが。

「・・・・・。」
隊長が、珍しく残高カードを眺めている。
そのカードは、少し前まで発行されていた「通帳」というものに、役割が似ている。
残高と入出金の明細が分かるものだから。
失礼だが、隊長も”俺”と同じく、丼勘定の得意な人間だと思っていたから、
残高カードを難しい顔をして見ているその姿を、意外に思った。
俺は、声をかけた。

「隊長?」
「あぁウィルヘルムか、おはよう。」
「朝から、金の工面ですか?」

発言が直接すぎたかと思ったのだが、隊長はそんなことは気にしない。
隊長は、あぁと肯定してから残高カードをポケットにしまって、ひとつ息を
ついてから、俺に向かって、言った。

「いつもこの時期になると、金が足らんなと思って悩むのだが・・・
かといって、貰わないのも気がひけるしな。」

何だか抽象的な発言だったが、貰うという言葉を聞いて、俺はピンときた。
「ははぁ。ヴァレンタインのお返しにかかる費用を、計算しておられたんですね?」
「そうだ。ありがたいことに、軍看護婦や婦警などの女性達に、たくさんの
プレゼントを貰うのでな。」

我ら憲兵隊は男子のみの職業で、女性は居ないが(目の前のこの方を除く)
同じような業種の軍関係者や警察隊には、女性の職員が存在するから。
だからヴァレンタインともなれば、それは一種のお祭りである。
あっちこっちでプレゼントが飛び交っていたのを目にしている。
隊長が、普段から人気が有るのは知っていたが、こういうイベントになると
それはもう、明白だ。
贈った女性達は、別に見返りなど希望していないとは思うが、この方は律儀だから、
きっと全員にお返しをするに違いない。
それにしても・・・・。

「隊長、ヴァレンタインには”贈る側”でもありませんでしたっけ?」

確かそうだ。もちろん、特定の相手に愛を告白するためのものではなくて、
俺たち部下を、ねぎらうために。
全員に同じ型のプレゼント(今年は白のハンカチ)を贈ってくれたはず。
第3小隊が「小隊」だからと言って、全員で100人以上いるのだから、
それをするのにも、随分と費用がかかっただろう。
それなのに、1ヶ月後のホワイトデーに、またプレゼントにかかる出費で、
頭を悩まさなくてはならないのだ。
そりゃあ例え、普段金にこだわらないタチだったとしても、気にならない訳がない。
いくら隊長が、俺たちより高い給金を貰っているとしても。

「ちなみに隊長って、1ヶ月幾ら貰ってるんですか?」と俺は、どうでも
いいことを聞いた。よく考えたらこれも失礼な話なのだが、隊長は優しく答えてくれる。
「月給?お前と、さほど変わらんぞ?38万TG(テルミネゴールド)だ。」
「え、38万!?ちょっと、それは少なすぎじゃないですか!?
だって、中佐の俺ですら、月に32万TG貰ってるんですよ!」
「お前の収入は知っているよ、勿論な。
心配するなウィルヘルム、士官学校出のお前が中将になったら、今の私の倍は貰えるさ。
ちなみにうちの隊で、一番月収が高いのはリッテルだ。47万だったか。」

隊長は薄く笑っているが、俺は何とも耐え難い怒りが、胸に沸いた。
ヴァレンタインデーのお返しの話をしていたのだと思ったが、それ以上に、
隊長の(働きに対して見合っていない)給料の低さに、腹が立った。
俺はうるさく足音を残して、その部屋を去った。
多分隊長は、ポカンとしていただろう。

・・・

俺はこういう問題を、誰に相談したらいいか、分からなかった。
だからとりあえず、事務の得意そうなひとに相談してみるのだが。
副隊長。
「・・・え?”隊長の給金が安すぎるから、どうにかしてほしい”?」
リッテル少将は、俺の突然のお願いに、驚いたことだろう。
ほんの少し首を傾げて、彼は言ったのだ。

「君が、その申告をするに至った経緯を教えてくれるかな。」
あぁ、確かに妥当な質問だ。俺はおおまかに経緯を説明した。

「・・・・・・・。
僕の方が9万も多く貰っていたなんて、知らなかった・・・。」
副隊長は、素で驚いている。何せ普段使わない「僕」なんて一人称を口にしているし。
目の前の彼は、俺が何故興奮しているか、理解してくれたらしい。
「分かった。経理や庶務のほうと、交渉してみる。」
俺は、有能な先輩がいたことに感謝した。

自分達の部屋、憲兵隊控え室に戻ってくると、隊長はコーヒーを飲みながら、
書類を読んでいた。
帰ってきた俺を見るなり隊長は、あたたかいカップを手渡してくれる。
それはコーヒーだろうに、とても甘い匂いがした。俺は尋ねた。

「何ですか、これは?」
「マシュマロコーヒーというものだ。
ホワイトデーなので、と、菓子をくれた部下やつがいたんでな。淹れてみた。」
隊長の言葉に、裏は無い。
だがその時俺はやっと気づいて、少し大きな声をあげて、言った。
「あぁ!俺もホワイトデー当日までには、何かお返ししますね!」

隊長は、困ったように笑って「別にいいぞウィルヘルム?」と言う。
ですが・・・!という俺に向かってこのひとは、今度は満面の笑みで答えるのだ。

「さっきの給料の話にしろ、お前が私を気遣ってくれているのは、
良く分かるよ。
その気持ちだけで、十分だ。ありがとう。」

その笑顔の何と柔らかく、甘いことか。
俺は思わず見惚れてしまった。

<了>

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