バランス

***

「顔面蒼白になって、慌てることなんて、お前には無いんだろう?」
そう、ウィルヘルムが軽口を叩く。当の本人は何も言わなかったが、
シルバーはつぶやいた。

「あったではないか、一度。クリストファーが、目も当てられないほど、
混乱していたことが。」
それを聞いてリッテルは、「あぁ、そういえば、ありましたね。」と告げる。
エドワルドも、首を振っている。
ウィルヘルムはその覚えが無かったから、驚いて聞き返した。
「え!?そんな事が今までありましたか!?俺は記憶にない・・・。」

彼らは同じ部隊だから、大抵一緒に行動しているはずだが、
その事件を、ウィルヘルムだけが知らなかった。
それは何故かといえば・・・

・・・

自分の無線機がけたたましく鳴り響いたので、シルバーはそれに出た。
「18016、第3小隊・シルバー中将である。」
最初に告げているのは、憲兵ひとりひとりに与えられている整理番号のようなものだ。
悪意を持った人物が、憲兵のふりをして無線に出た際分かるように、
そういった応対をすることに決めてある。
だが、シルバーの”向こう”にいる人物は、憲兵だというのに、
実にイレギュラーな挨拶をした。

「・・・・隊長?」

名も名乗らず、ただ無線に出た人物が隊長であるかだけ、尋ねた。
シルバーはその言葉に疑問を持ったが、その声に聞き覚えがあったので、
逆に尋ねる。
「クリストファー?その声はクリストファーだな?どうした?」
あの彼が、名前も名乗らず呆けたような声で己の名だけを呼んだから、
何かあったのだとシルバーは察した。
無線越しの彼に、何があった、と問う。
だがクリストファーは、いつもの態度はどうしたのか、全く返事をしない。
ふぅとひとつ息をついて、眉を寄せてから、シルバーは隣にいたリッテルに
告げた。

「無線の相手はクリストファーなのだが、どうも様子がおかしい。
リッテル、少し代わってみてくれないか?」
そしてシルバーは、椅子にかけてあったジャケットを羽織る。
「私は、出る準備をする。」
彼がどこに居るのか知らないが、”何かあった”ことは間違いない。
最悪、クリストファーが居場所を言えなくても、無線機は持っているのだから、
それから場所は探し出せる。
とにかく、出る準備をしたほうがいいと、シルバーは直感的に思った。

シルバーから通じたままの無線機を受け取って、リッテルは、代わりにそれに出る。
リッテルが名前を名乗ってからすぐに反応があったらしく、軍医の彼は
驚いた声で、こうつぶやいた。

「足が、吹っ飛んだ・・・?」

足が吹っ飛んだと言っています、と、シルバーの副官は告げた。

・・・

爆発物を使って、要人を暗殺するギルドが、ここテルミネには存在する。
そのメンバーだと睨んでいる人物・・・指名手配者の男を、ウィルヘルムと
2人で歩いている最中、見つけたそうだ。
そこで、交戦になった。そしてウィルヘルムが攻撃を受けた。
爆撃で、左足が吹っ飛んだらしい。
そしてクリストファーは、呆然としながらも、隊長に報告することだけは
本能が覚えていたようで。
無線越しの彼は、相変わらず口調が怪しい。
今何処にいるんですか、ウィルヘルムの様子は?と、リッテルは問い続けて
いるが、彼は本当に呆けているようだ。
シルバーとリッテルはすでに、彼らを迎えに行く準備・・・車を出す手配を
していた。らちがあかないな、とシルバーは、一旦リッテルに渡した無線機を
返してもらい、大声で怒鳴りつけた。

「クリストファー!左足1本失ったくらいでは、奴は死なん!
だから今、お前たちが居るところを教えろ!
処置が遅くなっては、義足も付けられんようになるだろうが!」

その声に、白っぽい金髪を持つ青年は、やっと我に返ったらしく、
いつもの落ち着いた声で、つぶやいた。
「××北の、××××地区です・・・。」

・・・

彼が半ば、精神を飛ばすまでにいたったのは、その時、
自分の親友が”死ぬかもしれない”と思ったからだ。
いつもは冷静沈着で、人の死を見つめても片眉も動かさないイメージがある
クリストファーだが、”彼”のことだけは、違ったようで。
今となっては、「あぁ、また義足がぐらついてきた。」とつぶやくウィルヘルムに、
「手入れをさぼってばかりいるからだ。」と、皮肉をいうことすら出来る。

冷たい印象を与えるクリストファーと、見るからに熱い青年であるウィルヘルム。
そんな、型の違った2人がいるから、隊の均衡も保てるのだろうと、
シルバーは考えた。

<了>

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