笑い声

***

「来月、式をいたしますの。来て下さいますよね?」
明るい茶色の髪の、瞳がくるくる動く可愛らしい女性が、
私の顔を見上げて、そう告げた。彼女の横には、長身の青年。
馴染みの顔だ、ウィルヘルム・カールバッハ。
目の前の女性は、彼の妻になる人物。

私は今、真っ白なカードを一枚、手渡された。
中身を開かなくても、分かる。結婚式の招待状だろう。
自分を式に招こうとする女性と、その夫になる男の顔を順に眺めてから、
私は、ひとことだけ告げた。
「・・・出来たらな。」

私は憲兵の正装である、白い式服を着ることが出来ない。

・・・

元より私は、そう衣服を多く持ってはいない。
だから、クローゼットの中は満杯とは言えず、かかっているものといえば、
予備の軍服、スーツが1着、それに白い式服、それくらいだ。
式服には、長い間袖を通していない。
着る機会が、多くはないというのもあるが、己が着るのを避けているというのもある。

式服は、衣服も飾りも純白の糸と布で作られているが、上着の中央あたりに、
薄いしみがある。
取りきれなかったものだ。汚れの原因は、血。
私は昔、これを着ている際に、散弾銃で腹を撃たれた。
同期の男の、結婚式だった。
私はどうにか命を取り留めたが、死亡者も多かった。
新郎と新婦も、助からなかった。
犯人は、若い男。精神の異常をきたしているとみられた。
別に、新郎だった憲兵に、恨みがあるわけでは無かった・・・。

その事件が惨劇だと称されるのは、式の参加者の大半が憲兵という
職業であったにも関わらず、誰も男を止められなかったことにある。
当然のことだ。憲兵だって、式服の時は丸腰なのだ。
散弾銃という飛び道具相手の男に、どうやって立ち向かえよう?
私は別に、式服で結婚式に臨むことや、結婚式をすること自体に
何ら反対はないのだ。
ただあの時、一人でも、普段の装備であったなら。
突然現れた、気のふれた男の、足止めをするくらい容易かったはずだ。
しかしその日は皆、真っ白な式服を身に纏っていて。
だから会場は、なおのこと緋色に染まってしまった。

あの時、銃さえあれば。

私はあまり発砲しないが、それ以来、絶えず銃を身につけている。
非番の日に、私服でいる時だって、そうだ。
怖いのだ、これ以上失うことが。失われることが。
私は、式服を着ることが出来ない。
もしも彼らの結婚式の最中に、過去と同じような出来事が起こったら・・・。
そう考えると、怖くて。
怖くて笑えないから、私は彼らの結婚式に出てはいけないのだと思う。


結局私は式当日に、関係者に無理を言って、会場の警備兵として、
その場に立っていた。
辺りを見回すが、もちろん不審者の陰など無い。
音楽と、鐘の音が聞こえてきた。そろそろ新郎新婦が出てくる頃だろう。
私は空を見上げて、昔習った、祝いの歌を口ずさんだ。

♪おめでとう おめでとう
きょうは とても うれしいひ
ありがとう ありがとう
きみがいてくれて ぼくはしあわせ

よろこびは ふくらんで
かなしみは はんぶんに
ありがとう ありがとう
きみがいてくれて ぼくはしあわせ

振り返るとそこには、友人らにかけられたであろう小花を、髪や肩に
乗せた夫婦が、立っていた。
彼らは笑っている。どうやら、私の下手な歌を聞いていたようだ。
満面の笑みで2人は、”式に出た”私に、礼を述べた。

私は式服を着ることが出来ないが、
こんな明るい声を聞けるのならば、式に出るのも悪くないと、強く思った。

<了>

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