「電車にて」
ウィルヘルム・カールバッハと、クリストファー・ツヴァイクは友人である。
同じ歳だが、クリストファーの方が落ち着いていると言ってよい。
というより、彼は「冷静」なのである。
「一度でいいから、お前が慌てふためいている姿を見たいもんだ。
”こどもが出来てしまった!”とかな。」
とウィルヘルムが言えば、クリストファーは少し黙ってから、
「私はお前と違って、そういったヘマはしない。」
と告げる。
ウィルヘルムは、俺だってそんな失敗はしてない!!と叫んだが、そこを、
「デートをダブルブッキングしたことがあるくせに。
その時片方を足止めしてやったのは、誰だと思ってるんだ?」
と続け、親友を黙らせることぐらい、朝飯前だ。
クリストファーは本来、とても「話す」というスキルに優れているのだが、
話したい相手には話すし、そうでない相手に話すのは、ただの時間の無駄だと
考えているので、結果「寡黙である」という印象を受ける。
しかも口を開けば、最小限のことしか言わないし、そのものの言い方に
遠慮がないので、キツイ性格なのだと一部に誤解されている。
そんな彼だが、彼にだってあたたかな部分は存在するのだ。
そう、あたたかな。親友を思っての、”考えられた”行動。
***
ウィルヘルムとクリストファーの2人が、外での任務を終え、乗り合い電車で
詰所に戻ろうとしていた時のことだ。
席は埋まっていたので2人は立っていたのだが、急にウィルヘルムがフラフラ
しだしたので、クリストファーは眉をひそめて、つぶやいた。
「何をしている。」
するとウィルヘルムは答えた。
「まずい、義足が取れそうだ。」
何?!と小さな声で、クリストファーは友人に向けて声を発し、相手の足下を見た。
ウィルヘルムの左足は義足なのである。(ちなみに、任務中に負傷したものだ)
確かに左のすそが、不自然にたるんでいた。
白っぽい金髪の細身の男は、隣の友人の顔を見上げてから腕を組んで、声をひそめて言った。
「馬鹿者が。日頃、手入れをせんからだ。どうする?」
彼らが気にしているのは転ぶことなどではなく、義足なのだと周りに知れて、一般市民に
「足がお悪いのですか、席をどうぞ。」などと言われたら、断るのに苦労するということを、だ。
それに義足が外れるというのは、先にクリストファーが告げたとおり、自己管理の甘さが
出た結果なので、あまり他人に知られたくない。
どうすると聞かれて、割と大柄な、濃い茶色の髪の青年が答えた言葉は、こう。
「どうしよう。」
子供みたいなことを言うな!と普通の友人なら注意するのだろうが、
あいにくとクリストファーはそのような性格では無かったので、代わりに、
”あぁ、多分こういった所が、奴の魅力の一部、女性の母性本能をくすぐる部分
なのだろうな”と、分析していた。
珍しく気弱そうな顔をして下を向いている友人を見て、クリストファーは内心、
「やれやれ」と思ってから、告げた。
「・・・後で変な噂が流れるかもしれないが、まぁそれは、お前にとっては
日常茶飯事だから、別に構わんだろう。」
何のことを言っているのかと相手が考える暇も与えずに、クリストファーはいきなり、
ウィルヘルムに抱きついた。
「っ!!?」
「ウィルヘルム、私の腰を持て。」←小声
「おいクリストファー、確かにこれは体を支えることが出来るが、皆の視線が・・・!」←小声
「何を言うか。お前はまだ、周りの顔が見えぬ向きに立っているから、まだマシだぞ。
私なんか、私たちの方を向いている人々と目が合ってしまうのだ。」←小声
「・・・・・・。」
2人が詰所に帰ってくると、すでにさっきの事が噂になっていた。
「何という伝達速度の速さだ。」
と、2人は半ば呆れた。
2人は、それぞれの部屋に戻る。
しばらくしてから、クリストファーのいちファンであるらしい女性が、
「クリストファーさまは、ヘル カールバッハ(注:ヘル=Mr.(ミスター))が
お好きなのですか!?」
と真剣な声で尋ねてきたので、その理由を考えて、青年はクスと小さく笑う。
それから、女性に向かって微笑んで、言った。
「私は近間の男なんかに走らなくとも、相手をして下さる
女性には、苦労しておりませんよ。」
それからふいに横を向いて、
(これを機に、ウィルヘルムが両刀だという噂を流すのも面白いな。)
と思った。
「電車にて」END