道化=ドウケ=

道化(どうけ):昔、王や貴族が遣っていた、人を笑わせるおかしなしぐさや言葉を発し、ご機嫌を取る役割だった者のこと。


ある国の王は、白い髪をした道化師をひとり、雇っている。
道化の名は、ミズホと言う。細身で色白の若い男だ。
道化特有のあの、先の分かれた帽子を被っている。
だが、本来カラフルであるはずのそれは、全く色が付いていない。
白い帽子だ。服も、いわゆるピエロの衣装であるが、白で。
全身真っ白で揃えた道化の男は、今日も小国の王のご機嫌を取っている。

・・・近代化が進み、宇宙にすら衛星を飛ばす時代であるというのに。

***

「やぁごきげんよう、今日も素晴らしい朝ですね。」
そう言いながらミズホは、絵本に出てくる道化のように進む。
くるくる回りながら、廊下を移動して。
書類を持っている、官房長官付きの秘書か何かが、怪訝な顔をしている。
でもミズホは、そんな相手の表情など全く気にしていない。
彼は、道化だから。道化のように、道化らしく、振舞っているのだ。
ミズホはここに雇われた身なので、道化らしくあるのが、彼の仕事だ。

相変わらず回りながら廊下を進んでいたが、そのうち一番奥の、大事な部屋までたどり着いた。
王のいる部屋だ。
ただし、王は結婚しているが、王妃は今現在、別のところに住んでいる。
ミズホは、いつも通りノックをした。
そして、不敵に笑いながら、馴れ馴れしく王の愛称を呼ぶのだ。

***

道化師フールを、本当のfoolばかがつとめていた時代など、あるのだろうか?
そうミズホは、疑問に思う。
古代文学を読んでいると、頭の悪い人間が、道化を・・・等と書かれているが、 頭の悪い人間が、その場その場に合わせた、適切な冗談や洒落を言えるわけがない。
だから道化は、その名はfoolではあるが、昔から知的な職業だったのだろうと、ミズホは考える。
今の仕事に、誇りが有るだとか無いだとか、そういったことではないけど。

ミズホは手を洗った。
特に、衛生的に汚れていたわけではない。精神的なものである。
人に触れたから。
ミズホが潔癖症ではなかったが、割と、気になるところを触ったので。
だからミズホは、水場で手を洗っていた。
そこに、この国の王妃がやってくる。

王妃は何も言わなかった。ただ、その眉間に、若干皺を寄せていた。
割と美人なのに、そんな顔をしていては台無しだ、とミズホは思う。
表情が険しくなるのは、自分のせいだということも、理解していたけど。
ミズホは宮仕えのものとして、王妃に丁重に挨拶をした。
「・・・・。」
やはり王妃は、何も言わなかった。
流石のミズホも、ご機嫌が宜しくないようですね?とは、尋ねなかった。
自分が王を”たらしこんでいる”から、この女性は、配偶者と別の寝室を取らなくてはいけないのだ。
分かっているが、ミズホは王妃に謝らない。
不倫というか浮気は、いつだって喧嘩両成敗だ。
どちらか一方が悪いということは、無い。それはミズホの持論だった。
それに”たらしこんでいる”というのは、この国のマスメディアの言い分で、
ミズホは単に、雇い主のご機嫌を取っているつもりなだけだ。
ご機嫌の取り方だって、いろいろあるだろう。
自分も男で、ご落胤が生まれないだけいいじゃないか、とまで思っている。

王妃が、その整った形の唇を少し曲げて、何か言おうとしていたから、
ミズホは逆にその隙をついて、こう言った。
「王妃サマは、この国の低俗な週刊誌なぞは読まれるのですか?」
その言葉に王妃は少し驚き、少し戸惑ってから肯定の声が聞こえたから、ミズホは続けた。
「ボクがその・・・・貴女のご主人の浮気相手だと。
そういった噂を、信じますか?」
噂も何も、それは真実なのだけど。
えぇという王妃に、ミズホは軽く「悔しいですか?」と聞いた。
すぐに答えない女性に、道化師はカラカラ笑ってから、言う。

「それでは貴女も、対抗して浮気してみたらどうですか。
相手は居ますよ。例えば・・・・ボクとか。」

そしてミズホは右手を前に差し出した。
冗談で、言っているわけではない。
ミズホは純粋に、彼女が美しいと感じた。
魅力的な女性だと思う。
彼女が王に見放されているのは、(自分が居ること以外に)世継ぎを生んでいないからだろう。
まだ、40を少し超えたばかりのはず。
世継ぎ問題は、努力すれば間に合わない歳ではない。
ただ、ミズホが寝室を独占している限り、不可能に近い話ではあるが。

フフ、と軽く笑った。
道化師も、相手の台詞を聞いた王妃自身も。
自分の頭を悩ませている張本人の男に、慰めの言葉をかけられるなんて。
ミズホは、細身の長身の男で、確かに見目は美しいが、彼を浮気相手にすることは出来ない。
それは倫理的、道徳的なものもあったし、王妃は純粋に、王を愛していたから。
だから道化の、そんな提案に乗ることは、出来ないのである。
冗談めかして、己の手を振りながら、残念ねぇと女性は言った。
アプローチを断られて、白い髪の道化も、そうですか、それは残念ですと言った。

ミズホは人と人との心の駆け引き、心理戦以外に好きなものがあった。
お金である。
元々ミズホは貧しい街の生まれなので、精神的余裕を生んでくれる、お金が好きだった。
王の傍はそれなりにスリリングで、なおかつ贅沢も出来たから、ミズホは楽しかった。
が、最近、王も手中に納まってきたカンがあり、緊張感にかけ、面白くない。
この国のトップとの逢瀬も飽きてきたし、ミズホは目の前の裕福な女性を、 次のターゲットに定めた。
さっきとは違った提案を持ちかけてみる。

「あの王の、子供が生めたらよいと思いませんか?」

***

数ヶ月後・・・
ミズホは、王宮の外を、ぶらぶら歩いている。
例の白い道化服は着ておらず、ラフな普段着だ。
解雇されたわけではない。自分から辞めてきた。
いや、道化の存在する意義を自ら潰してきたのだから、辞めてきたという表現もおかしいのだが。
彼はこれから、郊外の別荘に移動する。
その家は、王妃に買ってもらった。今後、生活に苦労しないだけの資金も貰った。

専門知識のない自分1人に、可能か不安も少しあったが、とにかくやってみることにした。
失敗したところで、相手が気付くとも思えない。
王は愚かではなかったが、鈍い男だったので。
元より鋭い男なら、自分の配偶者が浮気に心痛めていると知っていて、愛人と関係を続けるわけがない。
ともかく、ミズホはその鈍い男から、取引相手の欲しがっているものを”採った”。
精子だ。
ベッドを供にしているのだから、容易い行動である。
密封された容器に仕舞われたそれを、王妃に渡して、ミズホは言った。
「体外受精でも貴女が生むのでも、お好きにどうぞ。」
試験管ベビーが生まれたという記事を新聞で見たら、遠くから、祝福の拍手だけ送りますよと続けた。

王宮の扉を開く時、彼に”世話になった”王妃だけがミズホを見送っていたのだが、 ふいに彼女が尋ねた。
「そういえば貴方の、フルネームは何と言うのですか?」
その質問に、ミズホは少し首をかしげた。
そんな事を聞いて、何になると思ったのだ。
彼のこの、ミズホという名は偽名ではなく本名である。
尋ねているのは、ファミリーネームの方だろう。
ミズホは自分の名字を告げるのが好きでは無いのだが、置き土産として、話していくのも良いかと思った。
だから、こう告げた。

「名字ですか。あぁ、本当は言いたくなかったんですけどね。
ボクは道化師にあるまじき、ファミリーネームを持っていますので。
ボクの名字はワイズマン、ミズホ・ワイズマンです。」

ワイズマン。賢者という名を持つ、愚者フールというわけだ。
王妃は、彼をfoolばかだと思ったことは、無かったけれど。
そして王妃は、合わないどころか、彼にぴったりな名前だと感じた。

Wise-man
狡猾な、男。

*END*

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