いかる男」



「全く、どうしてあの人は、ああも・・・・!!」

リッテルが、珍しく声を荒げながら歩いていたので、エドワルドは不思議に思った。
「副隊長?どうしたんです?」
しかしリッテルは、あまりに興奮していて、部下から声をかけられたことすら、気づいていない。
近くにいた隊員に、彼が何に関して憤慨しているのか尋ねてみたが、知るものは居なかった。
しょうがないのでエドワルドは、怒りの独り言をつぶやきながら歩くリッテルを、そのまま見送った。


シルバーは、ベッドに横になっている。
目は覚めているので、「休んでいる」状態だ。
寝台から出て、したいことは山ほどあるのだが、それを周りが許さない。
実は、先ほど倒れてしまったのである。
倒れていたのを発見された、というのが正しいが。
第2資料室に本を返しにいった際に、ふらりと倒れてしまった。
その姿を数分後に見つけた他の隊の従卒が、シルバーが持っていた無線機で知らせてくれたのだ。

倒れたと聞き、医者であるリッテルは、まず第一に隊長の具合を心配したのだが、 シルバーの「言い分」を聞いて、怒りに達した。
「・・・もう少し、もつと思ったんだがな・・・。」
そう言って、チッと己に対して舌打ちをした、シルバー。

その舌打ちが、リッテルのカンに触ったのだろう。
彼は温厚な男である。隊の中で一番「優しい」と言ってもいいだろう。
その彼が。その彼が怒ったのである。
「栄養失調」で倒れた上司に対して。


「いくら忙しかったからといって、食事を一度も摂らないとは、何事ですか!!」
食事を抜いて、栄養失調で倒れる。
それ自体が憲兵としておかしな病状ではあるが、シルバーは食事をしなかった事を、反省していない。
自分が、もう少し無理が出来ると思っていた、と言っているのである。
これには怒った。リッテルは怒った。
食事はしなくとも、酒は飲んでいるシルバーに、腹が立った。
酒を飲むなとは言わない。流石にそこまでは禁止できない。
しかし、酒からのみカロリーを摂取して生活しようという、 シルバーの不健全さに怒りを感じたのである。


***

翌日、リッテルは隊長に「小箱」を差し出した。
シルバーはまだ、寝台の上に拘束されている。
箱は、プラスチックのバスケットだった。
チープな色合いで、まさにプラスチックといった感じ。
箱のふたを開けずに、シルバーは先に尋ねた。
「リッテル、何だこれは?」
すると彼はふたを開けて、中身を見せて告げた。

「サンドイッチです。」


「・・・・サンドイッチだな、確かに。」
中身を見て、つぶやく。シルバーも、相手の言葉に異論は無かった。
それはまさしく、食パンに具材を挟んだ、サンドイッチという調理パンだ。
少しの間を置いて、シルバーはまた呟いた。
「サンドイッチだが・・・これが?」

これをどうしろと、という意味でシルバーは告げたのだが、
副官はその意味が分からないかのように、
「カード好きな伯爵が、プレイ中にも食べられるように考え出した、と 言われるメニューですね。」
と言った。その逸話は、シルバーとて知っている。
はぁ、と合いの手にもならない息を発してから、シルバーは気づいた。

「これは、お前が作ったのか?」
商店にも売っているものだが、容器に入っているということは、手作りなのだろう。
リッテルが料理をするとは聞いたことが無いが、シルバーは考えて、そう尋ねた。
作ったのかという質問に、素直に肯定の返事を送るリッテル。
その後、彼の本日の勤務体制を思い出して、シルバーは疑問を投げかけた。

「リッテル。お前は今日、6時からの早番では無かったか?」
「はい、そうです。」
「・・・何時に起きて、これを?」
「4時に。」
「朝というか夜中だな・・・・。」

シルバーは、話をまとめた。
リッテルは、朝6時からの早番にもかかわらず、さらに早起きをして、サンドイッチを 手作りしてきたらしい。
サンドイッチなど、そこらに売っているが、作ることに意義がある。
酒しか飲まずに、他の栄養を取ることを怠り、倒れた自分への「皮肉」なのだ。
サンドイッチは、カードゲームをしながらでも食べられる食品だ。
どんなに忙しかろうが、これくらいなら摂れるでしょう、と言っている。
何なら毎日、こうやってお作りしましょうか?と、身を挺して言っているのだ。
もちろん、そんな事を望むわけが無いから、これは一種の脅しなのである。


声に出して叱られたほうが、まだ、かわしやすかった。
彼は「何事ですか!!」と叫んではいたが、あんなものは、怒っているうちに入らない。
(リッテルが声を荒げているのを見たのも、久しぶりだったが)
シルバーは思った、
こんな手に出るとは。彼は随分、怒っているのだろうな、と。

サンドイッチのバスケットを受け取って、シルバーは呟いた。
「すまなかったリッテル。これからは、極力気を付ける。」
その言葉を聞いて、第3小隊の副隊長は満足げに微笑んだ。いつもの彼の、穏やかな顔だ。
笑う彼に隊長は、
「お前にしては、珍しい策だったな?」
と告げた。するとリッテルの返した言葉は、こう。


「えぇ、まさに切り札トランプと言ったところです。」


END

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