其の人の姿が見あたらなかったので、私は、探しに外へ出た。

運命

あいにくと、小雨が降っている。
時季的なことを考えれば、しょうがない。
私は、傘を差さずにそのまま歩いた。

目的の人物は、すぐに見つかった。
ある四角形の石版の前に、ひざまずいている。
その石が、墓石である事を、私は知っていた。

ひとつ名前を呼んで、・・・名前と言ったが、正式には其の人の肩書きだが・・・、相手を 振り返らせた。
向こうも、私の名前を呟いた。
何をしにきた、と、私には尋ねない。 私が、自分を探しにきたのだろうという見当は、付いているから。

墓石の前で、何をしているのか、という質問が、来ることは予期していたらしい。
尋ねるまでもなく、答えは返ってきた。

”花を、供えていた。
彼は、あじさいが好きだったと、思い出した。”

彼、というのは、勿論この土の中に眠る、故人のことだろう。
石版に刻まれた名前を読んでみたが、私の知らない名前だった。

”同じ歳、だった。
数少ない、私の友人だった。
事故で、死んだ。”

刻まれた年数から察するに、故人は20代前半で亡くなっている。
殉職したのだろうか、それとも私的な時間の間に。
そこまで聞く勇気は、私には無かった。

ふいに、私を見つめる、真っ直ぐな眼差しに気づく。
目の前の相手が、憂いを含んだ瞳をこちらに向け、難解な、質問を投げかける。

「なぁ、お前は・・・運命というものは、有ると思うか。」

運命。それは超越的な力。一般的には神とうたわれる存在の、絶対的な定め。
抗えない力によって作られた、変えられない道。
そんなものが、有るかどうかと。
この人は、私に尋ねている。

運命というものがあるとするならば、
私とこの人との出会いも、運命。
いつか離れてしまう時期が来たならば、それも運命。
決まりきったことなのか、それこそ、生まれる前から。

「彼は。」

ポツリと相手が言い放ったので、私は顔をそちらに向けた。
私の傍の人物は、小雨振る天を仰いで、言葉を続けた。

「彼は、立派な学校を出て、仕事につき、真面目に働いていた。
両親も祖父母も兄弟も健在で、恋人だって、居た。
それなのに何故、何故、彼の人生は二十数歳で終わってしまうのか。
これが運命か。彼は生まれる前から、其処までの”寿命”だったと言うのか。」

空に向かってその言葉を発しているのは、
天に居るという神に対しての、せめてもの反抗なのだろう。
この人の、言いたいことは分かる。
わだかまりも、釈然としない理由も分かる。
私が何も言えず、ただ黙っているしかないという事も、理解しているだろう。

答えが欲しいわけでは無いのだ。
そんなものは、最初から存在しない。
唯この人は、哀しみを叫びに変えているだけ。

私は、物語に出てくるバンシーという妖精が、人の死を悼んで泣くように唄うという伝説を、 思い出した。

足元に視線を落とすと、涼やかな色の、あじさい。
当たり前だが、私達の心情など気にも留めずに、綺麗に咲いている。
露に濡れた華は、いっそう美しく輝いて見えた。

「・・・帰りましょう、雨がひどくなる前に。」
私に言えるのは、その程度の台詞だけ。
何かきっかけが必要だったから。空から落ちてくる水を理由に、話を終わらせるしかない。
その言葉を聞き、其の人は、・・・諦めた風に口元だけで笑い、「あぁ」と短く返事をした。


”彼”の短い人生が、運命であったかどうかは、誰にも分からない。
必然的に命を落とす若者など、居ない。全ては偶然的な事故で。
人と人との出会いも偶発的な出来事であって、そこに天命という力は存在するのか?
全ては不確かで、不明瞭であるからこそ、未来は・・・

END

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