待ちぼうけ

***

決して現れることのないひとを待っている。

・・・

ソウマの住む町には、東のほうに小高い丘がある。そこから
見晴らせる景色が良いので、彼はそこを気に入っていた。
そう、昔からここは、お気に入りの場所だった。昔から。

   ふ ー っ

大きく煙を吐いた。彼は今、煙草を吸っている。
普段ほとんどやらないのだが、今日だけは何だか口寂しくて、
煙草を持ってきてしまったのだ。
何を考えるというわけでもなく、ただ眼下に街を望み、口元では
煙草をふかしている。

(待ってた、よな・・・。)
ソウマはふいに思い出した。少年は昔、ここでひとを待っていた。
正確には、いってしまったあのひとが、いつか戻ってくるのではないかと、
自分を見つけやすい所に、立っていたつもりだった。
おかしな話だ。戻ってくるはずは無いのに。
相手は、自分が殺したのだから。

竜族の女が1人、この街に囚われていた。
昔起こった反乱の実行者で、殺すのではなく、魔法陣の中で衰弱死するのを
待たれていた。
白い髪に黒い目の麗しい女で、魔法陣ごしにかわした声も、澄んで美しく。
少年は、彼女に恋をした。
「俺んちで、一緒に暮らさないか?」
「エル、気持ちは嬉しいのですが、私はこのように囚われの身・・・」
「じゃあ、俺がそこから出してやるよ。もう十分、罪を償ったじゃないか。」

そう言って、少年は城から神器を盗み出し、それで結界を切った。
魔法陣から出てきた彼女は、すでに少年の知る相手では無かった。

「俺のことを好きだと言ってくれたのは、嘘だったのか ですって?
そうですよ、貴方が私に気がありそうだったから、利用したまでです。
大体、何で竜の私が、人間ごとき下等生物に惚れなくちゃならないんですか。」
痛い言葉だった。ショックだった。
「化け物」の姿になって、街を破壊し人をなぎ倒す様を、呆然として見ていた。
そのうち手にした神器が、竜殺しの槍となって彼女の体を突き刺し、
竜は倒れ、少年の頭には真っ黒な血がかかった。

ソウマはふと、伸びてきた自分の前髪を見つめる。
茶色だ。茶色い髪。だが、クラウスやザギに初めて会った時には、
自分の髪は漆黒だった。
竜の呪いが取れずに、竜を殺す竜斬士として、さすらっていたから。
そして今、自分の髪色は元の茶色に戻り、家業である仕立て屋も継いだ。

   ふ ー っ

もう一度大きく煙を吐く。しみじみ思うが、あまり美味いものではない。
世の大人は何故こんなものが好きなのだろうと、自分もいい歳なのに、
ソウマは考えた。
さて、と。
くだらない昔話も思い出したし、仕事に戻るかとソウマが思った時だ。
突然、後ろから声がかかった。

「やっぱり、ここに居たんだ。」
そうじゃないかと思ってたのよね、と彼女はつぶやく。
そこには亜麻色の髪に緑色の瞳の、昔待っていた相手とはまるで違う、
人間の女が立っていた。

待ち人は来なかったわけじゃない、と、ソウマは思った。

<END>

<<<お題創作赤のトップ
<<<ホーム