BGM

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クラウスが、歌を唄っている。
階下で縫い物をしていたソウマは、窓から聞こえる音に気づいて、そう思った。
近所迷惑にならないよう、大きな音が出ないよう、気をつけてはいるだろう。
しかし2階は元々、単なる寝室に過ぎない。
だから、音が漏れるのは当然だ。換気程度に窓が開いているなら、なおさら。
だが、問題はないだろう。
聞こえる音が耳障りでない、美しい澄んだ声なら、誰も抗議などしないのだし。

三色菫さんしきすみれの咲く頃
少女、森にて
運命の彼と、出会う

「王とエルフの物語」という歌だな、とソウマは思った。
この国で、有名な歌だ。
有名な物語であり、伝説でもある。
それが”幻”でないことは、この男は知っていたが。
吟遊詩人は、好んでこの歌を唄う。
自分には分からないが、果てしない浪漫が有るからだろう、とソウマは思った。

最近手に入れたミシンはともかく、手縫い作業というのは、 ほとんど音がしない。
だから自分の幼少時代は、本当に静かな空間だった。
今は亡き父は無口な職人だったから、ただ黙々と、 作業場のここで、仕事をこなしていた。

音がある生活ってのは、不思議なもんだな。
ソウマは、心の中で呟いた。
仕立て屋の男は一旦手を止めて、今度は口に出して言ってみた。
「上手いな、お前。」

すると、歌声とそれの伴奏の楽器の音が、ぴたりと止まった。
特殊な職業の吟遊詩人であるクラウスは、異常なほど鋭い耳を持っている。
だから1階の男の呟きが、聞こえたのだろう。
しばらくしてからまた、何事も無かったかのように、歌声と演奏は続いたが。

ずっとそうやって、
俺の家に、明るい音楽が途絶えないようにしてくれよ。
そう言うと、急に歌が音をはずしてしまうと思ったので、
ソウマは黙っていた。

<END>

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