ナイトハンター×クイズレンジャー コラボ「きらぼし」
その8(最終話)
そういえば、と忍が突然言ったので、皆は彼に注目した。
「フルートは、この女性が吹けるんでしょーけど、ここに無いですよ??」
確かに、そうである。
ピアノもこの場にはないが、このビルのエントランスホールにピアノが置いてあることを、
少年たちも見てきたのだろう。だから、それは問題ない。
恭四郎の経済力を考えたら、楽器店を探し、フルートを購入してくることは可能だが・・・。
もったいない、と恭四郎は思った。
彼は裕福だが、金銭感覚は割とシビアである。
困っている2人を助けてやりたいのは、やまやまだ。
しかし半日ほど使うのに「楽器を買う」のは、どうかと思った。
それでは、楽器を作った人にも、申し訳ないと思うのだ。
フルートって、レンタルなんかしてっかな、と彼は思った。
急に恭四郎は気になって、泉の置いていったヴァイオリンケースを、開けた。
先ほどは気づかなかったが、ヴァイオリンの裏面に、デカデカと名前が書いてあった。
三
千
院
泉
と。縦書きで。
小学生が、持ち物に名前を書くような風に、名前が記されていた。
いわゆる、芸能人が「サイン」として書く字では無かった。
良い意味で「大人げない」書き方だが、これがあのヴァイオリニストの字だ。
それは、幼なじみの恭四郎は知っている。
ああそうか、と恭四郎は思った。
「ありがとう、泉さん。」
と小さく呟いて、ヴァイオリンをケースにしまい、ケースごと秘書の箱部に渡した。
「箱部さん、悪いけど近くの楽器店を探して、これを持っていってくれませんか。
大きな店の方が良いな。」
そう社長が告げると、頼まれた方は、質問した。楽器店で、何を、と。
「フルートを”借りて”きて下さい。
多分、そのヴァイオリンを質にすれば、借りられます。」
正確な質草ではなく、信用問題の話ですけど、と恭四郎は続けた。
奥太陽は、彼らのやりとりを見ていて、想像した。
ヴァイオリニストの三千院泉は、目が悪く大きな字を書く、と知られている。
あれはもちろん、彼の直筆なのだろう。
元は安い練習用のヴァイオリンだが、彼のサインが入っているとなれば、かなりの価値になる。
そんなものを置いていく、と言うのだから、フルートの一本や二本、貸してくれるだろう。
最悪、フルートを失っても、そのプレミアのついたヴァイオリンが手に入れば、
店としては、プラスなのだから。
ふと横を見ると、羽柴忍は目をキラキラさせながら、ニコニコ笑っていた。
おそらく、自分と同じ事を考えていたのだろう。
忍は、「探偵ごっこ」が大好きだ。
それをするため、しかも忍自身は「助手」をやりたいと言うので、
太陽に「探偵役」を押しつけている。
なので、このような推理をするクセがついたのは、忍のせいなのである。
箱部が出ていったので、興奮して立ち上がっていた男性陣は、ひとまず座った。
楽器は、何とかなりそうだ。
ただし、演奏者が1人しかいないので(正確に言えばピアノは太陽が
弾けるかもしれないが、譜面が無い)、録音だろうと、皆が気づいている。
無口な太陽が、ぽつりと声に出して、言った。
「恭四郎さん、あとでイイんで、パソコン1台、貸してもらえませんか。」
きゃ〜、奥さんステキ〜vvと言いながら、忍はくるくる回った。
よく分からない愛情表現(?)である。
恭四郎は、音楽に関してまるでダメなのだが、太陽が、吟遊詩人の彼女が3回演奏した後、
その曲を編集しようとしていることは、理解できた。
パソコンを貸すくらい、朝飯前である。
箱部が帰ってくるまで少しの時間があるだろうし、と、恭四郎は読みかけだった新聞の続きを
読んだ。
〜〜魂の抜け落ちる奇病〜〜
近頃、死んだように眠ってしまう、30〜40代の男性が増えているという。
原因は、ストレス。少しでもストレスの少ない場所へ、自分の殻へ篭もりたいという深層心理から、
揺さぶっても起きない状態に陥る。
それはまさしく、魂が抜け落ちたかのよう。
(中略)
しかし治療方法は簡単で、リラックス出来るような音楽を聞くことで、通常の眠りへと
変化することだろう。
ふーん、ストレスってやっぱり怖いんだなぁ。
俺も気をつけないと・・・と、恭四郎は思った。
ちら、と亜麻色の髪の女性を見て、恭四郎は再度思う。
やっぱりあいつに似てるな、と。
髪の色は違うが、目がアーモンド型の吊り目で、気が強そうな雰囲気が、自分の恋人にそっくりだ。
異邦人2人の住む国で、倒れているらしい男性が、もし自分と同じ境遇だとしたら。
そりゃ大変だ、同情するわと恭四郎は思った。
+++
そんなこんなで、クラウスとザギは「カセットテープレコーダー」を
持って、家に帰ってきた。
クラウスが3種類の楽器を全て弾いて、それを太陽が編集し、わざわざ「カセットテープ」に入れた。
「そりゃCDロムでもいいですけど、プレイヤーって持ってるんですか、このヒトたち?」
というのが、太陽の言。
箱部が通訳して尋ねると、もちろん彼らは、そんなものは持っていない。
なので、旧型のカセットテープレコーダーを、エレクトロニクス部の倉庫から持ち出してきて、
それごと彼らにあげたのだ。
手で回すタイプの「発電機」は、何故か持っていると聞いたから。
テープだから劣化するが、元より1回しか再生しないつもりだから、別に構わない。
クラウスは、ソウマのミシンに付いている発電機を外して、貰ってきたレコーダーに付けた。
寝ている(というか魂は起きているが)男の枕元に立って、音を流す。
優しいメロディだった。
直角に「出て」いたソウマの影は、本体である体に滑り込んでいく。
男は目を開けると、ボサボサの頭をかきながら、2人に向かって言った。
「よぅ。・・・ご苦労さん。」
ソウマー!!と大きな声を出しながら彼に抱きつく役は、養子のザギが取ってしまったので、
クラウスは、指をバタバタ無意味に動かすことしか、出来なかった。
ただ、ザギに正面から抱きつかれているソウマが、少年の背中ごしに、感謝の意を込めて
、クラウスに向かってウィンクをしたので、
吟遊詩人は、とても嬉しかった。
綺羅、星のごとく
才ある者達よ 輝け
おしまい
<<<お題創作赤のトップ
<<<ホーム