サイン帳

***

ソウマの住む街には、宿屋が1軒だけある。
2階建ての建物で、1階に受付。ひらけたホールのような所に
たくさんのテーブルと椅子が並べてあるから、酒場を兼ねている
のだと分かる。
従業員が、やたら化粧の濃い女性ばかりなのが目につく。

「あらお嬢ちゃん、何か用かしら?」
そう声をかけられて、クラウスはハッとした。
見ると後ろに、露出度の高い服をきた、40代後半に見える女性が
立っていて、クスクス笑っている。
お嬢ちゃんと呼ばれてクラウスは、嬉しいとか恥ずかしいとかいう感情の
先に、ただ疑問を持った。
己もすでに、わりといいトシである。
そりゃあ、彼女からすれば十は年下かもしれないが、お嬢ちゃんと呼ばれるのは
何だかおかしい気がして。
だから疑問を持ったのである。
だが、クラウスがそうボヤボヤしているうちに、相手の女性は言った。

「ソウマを探してるんでしょう?彼は、ここにはいないわよ。」

確かにクラウスは、彼=ソウマ=を探しにきていたのだが、
何故それが、「彼女」に分かったのだろう、とクラウスは思った。
不思議そうな顔をしている彼女に、女性は続けた。

「あたしが何故、貴女の探している相手が分かったか、って顔をしてるわね。
ふふ、有名だもの。仕立て屋グレイ家に、亜麻色の髪の、背の高い女性が
下宿してるって。」
宿があるのにこんなところに来る”女性”なんて、誰か探しに来てるに決まってるわ。
そう、相手が言ったので、クラウスは納得した。
ただ、”女性”という部分を強調した意味が分からなかったが。

ともかく、ここにはいないという情報を得たクラウスは、その建物を
出ることにした。
出がけに、露出度の高い服の女性は、言うのだ。

「あいつも、昔は結構通ってくれてたんだけどねぇ〜。
ここんとこ、サッパリ。」

あいつというのは、勿論ソウマのことだろう。
通う?
ここは宿屋だ。ソウマはこの街に寝床があるのだから、
酒場によく来た、という意味だろうか?
しかし女性が「宿帳に、あいつの名前が書き連ねてあるのよ、見る?」
なんて言うものだから、クラウスは宿の方なのだと理解した。
そして、違うことにも気がついた。
そして思うのだ。

「・・・は、破廉恥な!」

・・・

妙な沈黙。
ソウマ・エルイル・グレイは、自宅で夕飯を食べている。
テーブルの向かい側には、クラウスが座っている。
彼女はグレイ家に間借りをしている身であるが、ソウマが
「自分用に作ったメシが余ったけど、いるか?」
と言ってきた日などには、一緒に食事を取っている。
しかし今日は、食べているのはソウマだけで、クラウスは何やら難しい
顔をして、目の前の男の顔を眺めていた。

「何か言いてぇことがあるのなら、言えよ。」
とソウマは言った。変に沈黙されるのは、気持ちが悪い。
別に相手を怒らせるような言動は、していないつもりだし。
しかしクラウスは先ほどから、何故だかずっと黙っているので、
ソウマはそう告げたのだ。
するとクラウスは、珍しく声のトーンを落として、つぶやいた。

「今日、宿屋に行ったのよ・・・。」
「宿屋?あぁ、あそこか。何でまた。」
ライスを噛みながら、ソウマは相槌を打つ。
「昼間、アンタがいなかったから探しにいったのよ。
で、そこにいた女性に聞いたわけ。」
「何を?」と彼が至極当たり前な質問をしたので、クラウスは答えた。

「あ、アンタが、昔よくあそこに通ってたって話・・・!
あそこ、娼館なんでしょう!?」

はーはーと、彼女の息はあがっている。
それを、茶色い髪の男はやけに冷静に見つめながら、言った。

「んー、娼館って言うかまぁ、似たようなもんだけどな。
金で客取ってんじゃなくて、気に入った相手がいたら女の方から
押しかけてきて、宿賃を上乗せすんだよな。そーいうシステム。
・・・何怒ってんだよ。」

何でもないことのようにソウマが言うので、吟遊詩人の女性は「切れて」
しまった。
机にバンと手をついて、真っ赤な顔で言う。
「よくもまぁ、ぬけぬけとそんなことが言えるわね!破廉恥な!」
「はれんちな・・・って。久しぶりに聞いたぞ、その単語。」
男はそう返したが、うるさい!と言いつつ彼女が投げた脇のクッションが
顔面に激突する。
ちなみにクマの絵が刺繍してあるこれは、彼が作ったものだ。
机の上の食事にかからないように、ソウマはそれを横にずらして、置いた。

ソウマが告げたのは、ここ西部の文化そのものであり、他意は無い。
彼らが夫婦でもあれば、結婚生活の危機を及ぼす衝撃の過去を晒されたことに
なるが、2人はそういう関係でも無かったし。
ただ、この服の仕立て屋の男は多少イジワルで、
「別にいいだろうが、俺だって若い頃はやりたかったんだよ。」
などとは言わず、未だ興奮している相手に向かって、ニヤリと笑ってから言うのだ。

「何だクラウス、焼きもちか?
年増の嫉妬はかわいくねぇぞー。」

明らかにからかわれているのが分かったので、
クラウスは今度は、自分の背中にあったバンジョーを投げつけてやった。

<END>

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