そこには、カルマが立っていた。

彼は、いつもは黒いマントを身に着けて、顔と、手のひらしか
肌を出していない。
だけどその時は、白い法衣を着ていた。
そして、まくりあげられた袖口と腕は、赤茶色に染まっていた。
・・・・・血、だ。

僕は、その場に立ちすくんでしまった。
動けなかった。
彼が血にまみれているところなんか、何度も目にしたこと、有るのに。
僕は動けなかった。
カルマの足元に、長い髪の女性が、倒れていたから。

倒れているひとの体には、黒い服がかけられている。
カルマが普段着ているマントだろう。
地面に、血溜まりが出来ている。
そのひとから、流れているのは明白だ。

「・・・・どうしたの?」

沈黙のあと、僕の発した言葉は、ひどく間抜けだ。
どうした、と。聞きたかったことでは、あったけど。
僕が、彼にああいう感情を持っていなかったら、聞いたのだろうか。
「君が殺したの?」と。


やっと僕に気づいたらしいカルマは、顔を上げて、
うつろな目で、言った。

「あぁ、グラディウス。」

やはり、気持ちがどこかにいっているらしいカルマは、僕の名前を呼んだだけで、
他に何も言わない。
しばらくしてから、血で汚れた両手を自分で合わせて、カルマは顔を下げた。

その格好は、祈るようで。
何に祈りを捧げているのだろう。・・・死んだ、その人の為?

カルマの手は何故、血で汚れているのか。
僕は、気になってしょうがない。

最悪、彼がその女性を殺したのでも、構わない。
カルマが、猟奇連続殺人の犯人でも、構わない。
彼が、傷ついていないのであれば。他の人間のことなど、どうでもいい。
僕は慈愛の神じゃない、愛したひとだけ、幸せであればいい。

カルマは手を戻して、僕に向かって、言った。
「この街の、様子は見たか、グラディウス・・・?」

街の様子は、少しだけど知った。聞いていた通りの信仰都市のここは、
いたるところに教会や、神をかたどった石像が立っていた。
だけど、そんなことはこの際どうでも良かった。
カルマ、君は・・・・。

僕は、カルマの顔を見て、驚いた。

彼は、その赤い瞳から、涙を流していたから。


「どうして、泣くの・・・?」

彼が泣いているのを、初めて見た。
何故、泣いているの。どうして・・・?

カルマは手で目元を拭って、僕に向かって、言った。
「彼女は、言ったよ。
神が、・・・‘神が、やれと言った‘と・・・。」

遺体にかけられている、黒いマントをカルマは取る。
血で汚れたそれを、かまわず、彼は着た。

・・・遺体は、同じく黒い装束を身にまとっていた。


++++


その場に座り込んだ、僕とカルマ。
僕は、彼が話し出すのを待っていた。
カルマは、つぶやく。

「・・・あぁ・・・連絡せずにいて悪かった。
その・・・こういう事件が起こっていたから、気になって
帰れなかったんだ。」

それはいいんだけど、と僕は返した。カルマは、続ける。

「お前は知っているかどうか分からないが・・・、
ここでは、この黒いマントの怪人は、とても有名な物語なんだ。
それこそ、子供から年よりまで知っている。
わたしも純粋にその‘怪人‘が好きだったから、
‘彼‘の姿で犯罪を犯すやつが許せなくてな・・・。」

今晩は「何かある」と。そういった予感がしたから。
だから外に出ていたそうだ。その胸騒ぎは僕も感じたけど・・・。
黒い装束の怪人は、刃物を持って、人通りの少ない夜道で、
ひとを襲う。

「わたしが、こどもに見えたわけではないと思うが。
‘腕を返した‘ら、こういう切り返しには慣れてなかったようだな・・・、
相手に、刺さった。」

カルマのしたことは、身を守るための「正当防衛」だけど、
彼がショックを受けているのは、そんなことじゃない。
息絶える前に、カルマは「彼女」から、罪をおかした理由を聞いた。

神が、そうしろと言ったと。

もちろんそれは、彼女の「思い違い」ではあると思うけど。
カルマは、こう推察する。

「いきすぎた、信仰がいけないんだ。
誰もが神を信じて、その神を絶対だと思っている。
神に不可能はないと信じている。神の導きはすべて正しくて、
・・・結果、ひとりひとりが勝手な神を作ってしまうんだ。」

過ぎた信仰心は、悲しい殺戮劇を招いて。
それを、このひとは、止めた。
この街のおかしさも、理由も、知っているのに。
カルマが、泣いていた理由は・・・・。


「わたしも、神を信じているから。」

できれば忘れてしまいたいのに。離れたいのに。
身についた信仰心から、逃れることができない。
大いなる矛盾のなかで、さ迷っている。
乾いた笑いを浮かべてから、カルマは言った。

「わたしから信仰をとったら、何が残るというんだ?
この、汚らわしい想いから、逃れたいのに。
もし信仰を吐き捨てたら、わたしはカラになってしまうんだろう。

この弱い自分を消したくて、変えたくて、
もう一度ここに来たが、逆効果だったな。
ますます、神に依存する己が見えただけだ。」


ひとの一生は、どこで決まるんだろう。
気づいたら剣を取っていた僕と、与えられた信仰心で育った、カルマ。
神への祈りを取ったら何も残らない、と彼は言ったけど、
そんなことはない、と僕は思う。

神官でない君にだって、たくさんのものを僕はもらったから。

僕ら2人の上に、ポツポツと水滴が落ちてきた。
思わず僕らは空を見上げる。その厚い雲から、雨が降ってくる。
雨はだんだんひどくなってきて、僕らを濡らす。

それは自然の摂理なのに。
空気が上昇して、冷やされて・・・そうやって雨は降るものなのに。
その時僕は、思ったんだ。「これは、空が泣いているんだ」って。


それは、これからはきっと、泣かないだろう彼の代わりに。
そして、泣くといった素直な感情を、すでに忘れてしまった僕の代わりに。
カルマはよく「お前は、感情が真っ直ぐでうらやましいよ」と言うけれど、
僕は、泣くことができない。それほど、大切なものを持っていないから。
・・・君がいなくなったら、また別だけどね。


天よ、「祈り」の雨で、「慈愛」の雨で。
彼の汚れた手も、傷ついた心も、洗い流して。
僕らはこれから、決して泣かないから。
だから空よ、・・・今は泣いて。



END

創作ページ
サイトTOP