青い薔薇の花言葉は「不可能」
天然の薔薇が、青い花を咲かせることは無いから

ヴァレンタイン・ブルー


寿は、ニヤニヤ笑っている。
対して、灰色の髪の青年は、じっと目の前の花屋を見ているだけだった。
寿は、言葉を急がない。
相手がこの場から動けないことを、知っているから。

言霊(ことだま)。
今の時代迷信の類と取られそうだが、確かに存在する「力」だ。
寿は書くことで、その言葉の力を引き出せる、言霊使いだった。
花屋のアルバイトの前は商社に勤めていたのだが、己の書く力の強さに気づき、仕事を辞めた。
そして、「ひどい腱鞘炎なんです」と嘘をついて、極力文字を書かずに勤められる、 今のバイト先に腰を落ち着けている。

寿はこうやって、自分の気に入った相手を、「力」で足止めするのが好きだった。
そんないたずらめいた事に使うために、有る能力では無いのだろうが、
反対に、何の意味があって、身についた力かも不明なので。
だから、好きなコトに使っていいんでしょう。
そう独りごちて、店の前を通り過ぎる、好みの相手を捕まえるのだ。

寿は両性愛者バイだったが、この鎧という名の青年の場合、 彼が「タイプ」だったというわけでは無い。
ただ彼が、遠めから見ても何か変わった感じ・・・そう、いうなれば自分と同類・・・といった 印象を受けたから。
だから、捕まえに行ったのだ。
花の売れないこの時期に、売り上げを伸ばすのを兼ねて。

寿は声のトーンを上げて、青年に向かって言った。
「オキャクサマは、どんなお花をご所望デスカ?」
それに対し、黙ったままだった若い青年は、眉間に皺を寄せて、答えた。
その表情から出るのは普通、文句だろうに、言葉は立派に「回答」なのである。
「・・・友人に、花を贈ろうかと思っていて・・・。」
ほぅほぅ、お友達にお花を〜と寿は、わざとらしく言う。
彼の言葉には、説得力が無い。
それは筆記の方に言葉の力が集中しているからであって、
だから寿は、わざと嘘臭い言葉遣いで、喋る。
ちょうど手元にあった小花を、一輪抜き取って、その場でくるりと一回転して、 ピエロのようなアクションで、寿は告げた。

「オトモダチに花をっ!素晴らしいっ!
それでは僕が特別に、君がプレゼントする花に、魔法をかけてあげましょう!」

誰もそんなことをしてくれと頼んでないのに、寿はサービスをつけてしまう。
まさに彼の独壇場だ。
寿は、目の前の彼の瞳が気に入った。
青年の瞳は日本人のものとして標準的な、ごく普通の黒い色だったが、
奥底に眠る、暗い輝きが気に入った。
たまに見かける。
恋を。辛い恋をしている者特有の、光。


***

相手は、花好き?と尋ねられて、
「いや、多分好きじゃない・・・。花より団子のタイプ。」と青年は答えた。
それに対し、花屋はケラケラ笑って、
「それは楽しいお嬢さんだ。」
と言ったが、実のところ、贈答先は「お嬢さん」ではなかった。
しかしそれは、寿自身もわざと勘違いして、言っていた。
普通、男が男の友人に、花を贈ることは、そう無い。
あまり無いことだから、それゆえに、バレると恥ずかしいだろうと思ってのことだ。
色とりどりの花に囲まれて、2人の男は、牽制しあって話している。
しかし、この勝負は、花屋の方に分が有る。

「僕が花束を作りますとねぇ、告白が上手くいくって根っからの噂なんですよ。
まぁ今日は、そんなデートに使われるんじゃないようなので、そうですねぇー。
君は相手に<何>を伝えたいですか?
日ごろの感謝??それとも愛?友愛?」

最後に、とってつけたように友愛と言うところが、何だ。
くだいて言うと、花屋の店員が商品に「おまじない」をかけてくれると 言っているに近い。だが、その「力」が、半端ではないところが問題なのだ。
そう、望めば、受け取った人間が決してNOとは言えない、強いまじないをかけた花束を作ることすら、可能で。
そんな力ずくなプロポーズもどうかと思うが、とにかく可能だということだ。
客が、そのような効果を望むなら。

魔法のランプを手にしたら、ランプの精にどんな願い事をするか。
欲が深い人、そうでない人。
そんな、心理テストのようなものだ。
寿は、目の前の青年がどんな願いごとを言うか、楽しみにしていた。
もちろん、何の細工もしなくていい、という意見もあるだろう。
事実、過去にそういった例もあった。夢がない、つまらない男だと寿は思ったが。
そう言った彼は彼で、自分1人の力で勝負しようと思っているのだから、誉めてあげてもいいようなものだ。
ともかく寿は、目の前の青年が何を言うか、もしくは言わないか、ワクワクしていた。
自分の言わんとしていることは、分かっただろうか?
通じてないなら、もう一度説明しなければならない。

「アンタが、花に、魔法をかけてくれるんだな・・・?」

青年は素直に、「魔法」と言った。
信じているのかどうか、分からないが。
まぁあの年頃では「おまじない」という言葉を発する方が、恥ずかしいかもしれない。
魔法をかけてくれるという店員に、客は乗り気だ。
表情は、さほど変わらないが。
少し考えてから、大柄な灰色の髪の青年は、答えた。

「何か力をかけてくれるのなら、俺が、
・・俺が、相手に花を差し出す時に」
うん、なになに?と寿は嬉しげに相槌をうつ。
次の言葉に衝撃を受けた。

「俺が相手に、想いを伝えられないようにしてくれ」

寿は、しばらくポカンとしてしまった。
相手の言う意味が、分からなかった。
伝 え ら れ な い ようにする?
それは何だ。つまり、うっかり口に出して「好きだ」とか、告白しないように、ということか?
花を贈っている時点で、ある程度の情の表現なのだが・・・
ははぁ、送り先が友人だったね。
寿はやっといつものペースを取り戻して、言った。

「あー、相手はお友達だから。
つまり、今の関係を壊したくないってことネ??」

そうだな、と青年は、横を向いて答える。
妙な注文を貰ったなぁと思いつつも寿は、寒色系の小さめな花をいくつか見繕って、 黄色の可愛いリボンをかけて、相手に渡した。もちろん代金も貰う。
おつりを渡す際に、小声で告げた。
「かけたよ、魔法。この花束では、君は、告白はできない。」
安心して、とおかしなことを言って、店の前から大柄な青年を見送った。


鎧はその大きな手に、鮮やかな寒色系の細い花束を持っている。
彼はこれから、友人に会う。
ヴァレンレインデーも間近だと言うのに、同性の友人と待ち合わせというのも、悲しい話だ。
・・・一般論で言うと。
鎧は別に、不幸ではなかった。むしろその逆で、とても気分が良い。
先ほど、変な花屋の店員に、捕まりはしたが。

ショップの前で黙って立ち止まっていたが、実は鎧は、割と花に詳しい。
だから店員に、聞くことをしなかったのだ。
まるっきり駄目ならじっと見ていないで、さっさと店員にオススメの組み合わせでも、作ってもらう。
自分で何を贈るか考えていたから、時間がかかったのだ。
別にロマンチストといわれたくは無いが、花言葉も多少知っている。

この間新聞で知った。どこかの会社が、青い薔薇の開発に成功したという。
薔薇は、天然の姿で花が青色になることはない。
何故かは知らない。遺伝子がそのようになっているのだろう。
そこまで考えて鎧は、自嘲気味にひとつ笑った。
遺伝子が、ね。
英語でblue roseといえば、有り得ない、不可能という意味の、言い回しだ。
青い薔薇が「有り得る」ようになった今、その単語は失われるのだろうか。

男を花に例えるのはどうかと思うが、「彼」は赤い薔薇だと思う。
真紅の薔薇。気高く美しい薔薇。
己に触れるなと、無言の警戒を発する薔薇。
それならさしずめ自分は、青い薔薇か。

人間の遺伝子上、成人男性であれば、ちゃんと・・・・女性が好きでなければ、いけないんだろう?

そこが違うから。
まぁ同じ品種になれるとしたら、嬉しいことこの上ないけど。
そう思って鎧は、右手に持っていた花束を振り回す。

魔法をかけてもらった。自分が相手に想いを告げられない魔法を。
普段理性で抑えてはいるけれど、これを渡した瞬間に、もし相手が微笑みでもしたら。
それが心配だったので、保険のために魔法をかけてもらったのだ。

2月の風は、まだ冷たかった。
もうすぐ春になるだろうか。草木が芽吹き、何もかもが美しく見える春が。
自分と相手の関係は、変わるだろうか。変わらないでほしくもある。
とりあえず鎧は、手にした花束を、これから会う友に渡すのだ。

under the rose
この想いは秘密にしよう


ヴァレンタイン・ブルー 完
2005.5.5