俺の友人 2


「・・・・なっ・・・・!」

驚きと怒りで、言葉が出なかった。
シロウは、その場に立ちつくしていた。
彼は今、体育祭に使われる、団ごとの大きな絵(ポップ)が 保管されている倉庫に来ているのだが、 黄の団のポップが、赤いスプレーペンキで、思い切り落書きされている。
団員が、時間をかけて作ったものだというのに。完成も間近だったろう。
シロウはこの心ない悪戯に、本気で腹を立てた。

彼自身が黄の団所属だったから、先にこの色の団の様子を見にいったのだが、 シロウは心配になって、他の団のポップの様子を確認しにいった。
すると他の団、赤も青も白の団も、同じ被害を受けていた。
違うのは、赤のポップに対しては青、青のポップに対しては 黒、というように、落書きに使われたスプレーペンキの色くらいである。

間近に迫った体育祭の為、係が毎日、この大きなポップを仕上げに、放課後各団の 倉庫まで行って、作業をしていただろう。
異変が起こったのは、昨日の深夜から今日の早朝までに違いない。
シロウは聞き込みを行って、昨日の夜、不審な人物がこの学校に入っていかな かったか、調べた。
会長として、こんな悪戯をする人間を絶対に許せなかった。
体育祭まで、もう日がないのに。

学校中を歩き周って、もう随分遅くなってしまった頃、シロウは廊下で、 友人を見かけた。
(・・・泉さん。)
泉は、部活に所属していなかった。体育祭の委員にも指定されていなかったはずだ。
なのにこんなに遅い時間まで、学校に残っている。
図書室にでもつめていたのか(泉は視力が良くないが、本を読むのは好きだ)とシロウは思ってから、 友人に声をかけようと、彼が歩いていく方向に、シロウも走った。

聞き込みの結果は、かんばしいものでは無かった。
シロウの精神は、落ち着いていなかったと言ってよい。
だから自分は、何か錯覚に陥ったのでは無いか、と思った。
そう、思いたかった。
けれど数秒経ってもその光景は消えなかったから、シロウは、目の前の出来事を事実と受け止めるしかなかった。

***

次の日の放課後に、シロウ少年は、眼鏡をかけた友人の目の前に現れて、
そして小声で言った。

「泉さん。
・・・・・体育祭が嫌なら、何でそうきっぱりと告げてくれないんだ。
この中学では、生徒会権限で、体育祭をやらない年を作ってもいいんだぜ、知ってるだろ?
相談してくれたら、俺だって会議にかけたのに。」

そういうシロウの言葉を聞いて、泉は訳が分からないというように、目を丸くして相手を 見つめた。
シロウは続けて言う。
「泉さん、あの、ガラ悪ぃグループの男たちと、つるんでるだろ。
昨日、俺、見たんだよ。
泉さんが誰と交友関係を持とうが、構わないけどな。
”やり直し”に時間がかかるように、わざと相性の悪い”画材”で落書きをするような 知能的なこと、あいつらだけじゃ、出来るわけねぇ。」

そう告げてからシロウはひとこと、「何が気にくわなかったんだ。」と告げた。
すると泉は、硝子の奥の瞳を光らせて、低い声でつぶやく。

「シロウ君、君は、目をつぶって走ったことがある・・・?

僕はね、スポーツが大嫌いなんだ。あんなもの、廃止にしてくれたらいいのに。
”勉強”の方が、世の中に出てから、よっぽど役立つよ。
コンタクトをして眼鏡をかけて、気をつけて問題を読めば、テストは解けるけど、
走るのはね。走るのは、怖いんだよ、シロウ君?
体育祭を止めてとお願いしなかったのは、そんなことを言えば、走るのが嫌だと バレバレだからだよ。
僕のような体の小さな男子はね、あらゆる事が、からかいの対象になるんだ。
君は背も高くて頭も良くて、スポーツも出来るカリスマ生徒会長だから、そんな苦労はしたこと ないかもしれないけどね。
いじめられないために、僕はあの馬鹿グループを、臣下につけた。
少しおどせば、すぐにヘコヘコするからね、奴らは。
別に、楽しくて彼らと会ってるわけじゃない、利用してるだけだよ。

シロウ君、君の言う通り、体育祭のポップに落書きするよう、し向けたのは僕だけど、
実行犯は僕じゃない。奴らだ。」

どうする?と泉は続けて、くく、と笑った。
何人もの手がかかった、努力のあとのポップを、こともなげに潰してしまった少年。
あんな綺麗な絵が台無しになるのを、見ていて良心が痛まなかったのかと、シロウは 泉に告げたが、眼鏡の少年はこう答えるのみだ。

「絵?・・・さぁ、どうだったろう?
僕は視力が良くないから、分からなかったな。」

体育祭用の大きなポップは、例え泉のような視力であっても、書かれているものは 判別できたはずだ。
それを分かっていて、あえてそう答えているのだと、シロウは理解できた。

***

18年後・・・

シロウは、珍しく週刊誌を読んでいる。女性週刊誌と呼ばれるものだ。
表紙には、芸能人のスキャンダル情報が所狭しと並んでいるが、その中の1項目が、 彼の目を引いた。

バイオリニスト三千院泉さんぜんいんいずみ 女優R・Kと夜中の密会!?

生まれつき目の悪かった彼は、代わりに小さい頃から音に興味を持っていたそうで、
3歳からバイオリンを始めたと、以前聞いたことがある。
それを生かして、泉は、現在世界を股にかけた有名バイオリニストとなっていた。
それは、シロウもテレビや新聞などで知っていた。
対してシロウも、割と有名な人物となっていたのだが・・・。

彼らは依然、友人だった。
シロウは、泉に電話をかけた。

「・・・あぁ、シロウ君?久しぶり。
・・・まあまあってとこかな。君の方が大変でしょう?・・・そう?・・・
・・・え?週刊誌?君、そういうのよく読むの?・・・偶然?・・・あぁ、それ?
あれはね・・・うーん・・・嘘じゃないけど、本気でもないな。
はっきり言うと、”好みじゃない”。」

実は、泉が週刊誌に載っているのを見るのは、初めてではない。
いうなれば泉は、名をはせたプレイボーイというわけだ。
シロウの勘からして、このR・Kというのは、スタイル抜群の美人女優の××××だと 思っていたので、「好みじゃない」と一蹴する泉に向かって、シロウは聞いた。
「好みじゃない・・・どこが気にくわなかったんだ?」

すると、今もコンタクトと眼鏡をしたバイオリニストの青年は、答えるのだ。
「頭が悪い。馬鹿なんだよ。話してて、つまらないね。

・・・外見?さぁ、どうだったろう?
僕は視力が良くないから、分からなかったな。」


                      * 完 *


「創 作」