呼吸(いき)も止まるほど
「どうなさったんですか?オスカーさまっ?!」
ランディの素っ頓狂な声に、オスカーはハッと我に返る。
「…ど、どうしたんだ坊や。俺がどうかしたのか?」
そういいながら、オスカーも少し自分に違和感を覚えた。
「な…何を泣いていらっしゃるんですか?」
泣いている…。
そうだ、違和感はそれだ。自分の頬に、期せずして涙が流れている。
「は……はは、何を言っているんだ。俺が泣くわけはないじゃないか。これはただ…ちょっと…昨夜仕事のし過ぎで寝不足でな。目が痛くって涙が出ちまったって言うわけさ。はは、まったく罪な涙だぜ、坊やを驚かせちまったな。」
炎の守護聖オスカーが、まだ新米の守護聖であるランディの指導役を仰せつかって半年ほどが過ぎている。ランディがせがむ剣の稽古も含め、執務の指導も主にオスカーの役目だ。あまり気が進まないとは思ったが、ジュリアスの命令とあらば、なんでも「喜んで」拝命するオスカーではあった。
ランディは少し膨れっ面で言った。
「坊やはやめてください、オスカーさま。でも、お仕事お疲れ様です。……そうですよね、普通、夜中まで仕事してたら目が疲れますよね。…あの方はやっぱりすごいなあ。」
「あの方……?」
「あ、ジュリアスさまですよ。俺も昨夜遅くなって……あ、俺の場合は仕事が遅いから終わらなかっただけですけど、帰ろうと思ったら、まだジュリアスさまのお部屋に明かりがついてるんです。本当にジュリアスさまってお仕事熱心ですよね。でも、いつ見ても目が赤いとか、眠そうだとか、そんなの見たことないですもんね。すごいよなあ……。」
「ジュリアス……さま…」
今だって、ジュリアスのことを何とはなしに考えていただけで涙が出ていたのだが、オスカーは改めてその名を呟く。とたんにオスカーは息が普通に出来なくなる自分を感じた。もう瞬きも出来ない。あの光り輝く姿を思い浮かべただけで……。
「オスカーさま……?」
オスカーはランディの視線を逃れるために、くるりと後ろを向く。そしてやっとの思いで掠れた声を絞り出した。
「…悪いな、ランディ。今日の指導はこれで終わりだ。」
「……はい…でもオスカーさま…どこかお体の具合でもお悪いんじゃ…?」
「大丈夫だ……心配するな。ただ少し疲れちまったようだ。悪いな。」
ランディは本気で心配そうな声を出す。
「ならいいんですけど…。じゃあ俺、帰ります。今日もありがとうございました。」
そう言ってランディは遠慮がちな靴音を響かせてオスカーの執務室を出て行った。
ばたんとドアが閉まる。オスカーはドアに駆け寄ると、急いで鍵を閉めた。そして執務机に戻ると椅子に腰掛け、たまらずそこに突っ伏した。
「ジュリアス…さま…っ…」
これはいったいどうしたことだ。オスカーの目から、とめどなく涙が流れる。ついに、喉から嗚咽が漏れた。胸が苦しい。息の仕方も忘れた気がする。
どうしてこんなに苦しいのだろう。かつて、こんな苦しい恋をした事がない。
苦しい恋……何故そう思うのだ。ジュリアスさまは俺を愛しているとおっしゃったではないか…それなのに、何故……。
ジュリアスとオスカーは、あるとき女王の命により、寒冷化が進みすぎて滅びるばかりになった星に派遣された。直接サクリアを注ぎ込むことによってその命をいくらかでも永らえさせるためである。
だが、予想以上の寒冷化によって到着すべき場所を狂わされ凍死の可能性さえある状況に追い込まれた二人は、かろうじて寒さを逃れた小さな小屋で、まずはオスカーがジュリアスに今までの思いを告げたのだ。
オスカーの予想に反して、ジュリアスはオスカーの告白を受け入れた。だが予想と大きく違っていたのは自分が抱きたいと思っていたジュリアスがオスカーをその隠された激しい情熱でもって、逆に抱いてしまったことである。
オスカーは男に抱かれる自分など考えたこともなかった。だがそれは意外にもオスカーを夢中にさせた。自分でも意外に思うほど、オスカーは抱かれる自分をほとんど抵抗なく受け入れてしまった。ジュリアスになら、これからも抱かれたいと思った。
そしてジュリアスは、オスカーを愛しているとはっきり告げたのだ。
それなのに……。
無事任務を終えて主星に帰って来てみれば、ジュリアスの態度は決して甘いものではなかった。もちろん、ジュリアスは公私のけじめをはっきりつける男であることに変わりはなく、執務中に何かをしようなどとはオスカーも期待はしていなかった。だがそれにしても何故この人は変わらないのだ。少し目配せをしたり、誰もいないところでキスくらいしてくれてもいいだろうに、と、オスカーはそんなことまで考えてしまう。
それに執務が終わっても、ジュリアスはあまりオスカーと逢おうとしない。むしろ避けているのではないかと思ってしまう。
では休みの日は……と、オスカーは考えた。
そういえばあの日以来、まだ休みらしい休みはない。ジュリアスもオスカーも、出張中にたまった仕事の始末に追われていたからだ。
冷静に考えさえすれば、ジュリアスは仕事が一段落する前にそれをうっちゃって自分の快楽を貪るような男ではないことぐらい簡単に予想がつくのだ。しかしオスカーの頭の中では、ジュリアスが自分を捨てるのではないか、やはり思い直してあの夜のことを後悔しているのではないかなどとの考えが幅を効かせてしまう。
そういえば、以前に何人かの女の子に(もちろん別々に)何度となく『愛してるって言って?』と願われたことがある。女性とは、いちいち言質を取りたがる存在だと言うことは経験上知っている。いくら態度で示しても、言葉が欲しい。ましてや、態度ですら示されないことの、なんと不安なことか。
ジュリアスを疑っているなんて事はないはずだ。
いや、ないはずだ、と思いながらも疑っている自分に気づく。
そうではない、ジュリアスを疑っているのではない。自分を信用できないのだ。ジュリアスに愛されるような者ではないという、いつもの自信家の自分には想像も出来なかった感情が、今のオスカーには溢れるほどあるのだ。
まるで、小娘のような…(と、女性には失礼なことを、今は気づかずに思っているあたりがすでにおかしいのだが)そんな恋をしている自分。苦しい恋だ。
オスカーの嗚咽はなかなか収まらなかった。
ジュリアスは、執務机に山のようになった書類の上にまた新たな書類を積み重ねるとホッとため息をついた。
やっと一段落である。あの星での任務を無事終えて、オスカーとともに主星に帰って来てからたまっていた仕事を終えて、やっとその日にやるべき仕事に追いつくことが出来た。
「これで、今週末は休みが取れるな。」
ジュリアスは嬉しそうに独りごちた。これでやっとオスカーと……。
そう思ってからジュリアスは改めてオスカーのことを思う。そう言えば主星に帰って来てからあまり口を聞いていないような気がする。
もちろんジュリアスはオスカーが、まるで初恋がとりあえず成就した少女のように悩んでいるなどと思うべくもない。そう、彼はオスカーの思いに応じたのだから。ジュリアスはあれ以来オスカーが愛しく思えてしかたがない。執務中でもオスカーの赤い髪が視野に入ると心が踊るような気がする。心の底から溢れてくる幸福な微笑を押し殺すのは、さすがのジュリアスでも大変な努力が要ったのだ。
ジュリアスは意を決して立ち上がる。自分が予定の執務を終えてもオスカーが終わっていなければ何にもならないのだが、(だがまあ、少しくらい手伝ってやってもいいだろう)とにかく今はオスカーの顔が見たかった。
ジュリアスはいそいそと(外見上はともかく)執務室を出た。そして意気揚揚と廊下の突き当たりの部屋を目指す。そして軽やかにノックをした。
「オスカー。私だ。入るぞ。」
そう言ってジュリアスはドアノブに手を掛けて回そうとした。だがガチッという音がしてそれは回ってはくれない。
「鍵が……?」
オスカーは不在なのだろうか。それにしても奇妙だ。今までオスカーの執務室のドアが開かないということはなかった。宮殿の中を一人で歩きまわれるのは彼ら守護聖と補佐官ディア、そしてごく一部の信頼できる王立研究院のスタッフくらいなものである。通常、不在でも鍵を掛ける必要はない。中にはその性格ゆえに鍵を掛けて閉じこもる頑なな者もいることはいるが、オスカーはもちろんそのような性格ではないと思っている。
しかしドアは開かない。中から返事もない。
ジュリアスは考えた。そしてついうっかりこんなことを考えてしまった。
――まさかオスカーは執務室に女性でも連れ込んで何かをしているのではないだろうか。確かにオスカーは自分に告白したし、自分もオスカーの思いに答えた。しかしジュリアスもオスカーにとって、彼の恋人の一人として数えられただけではないのだろうか。
そんな考えが浮かんだ頭を、ジュリアスは否定するように強く振った。
『オスカーはそのような不実な男ではない。仮に女性との付き合いをやめていないにしても、私と一緒くたに考えてはいないだろう。それに、いくら親しくても執務室に女性を連れ込むようなことはしないはずだ。』
そう思い直すと、ジュリアスはもう一度その扉を強く叩いた。オスカーは中にいる。よく考えればそんなことは簡単にわかるのだ。部屋の中から炎のサクリアが感じられる。
「オスカー!私だ、ジュリアスだ!ここを開けよ!」
ジュリアスは気づいた。オスカーの、炎のサクリアが非常に不安定になっている。オスカーの体に何か変調があったのかも知れない。そう思うとドアを叩く手にも力が篭った。
「ジュリアスさま、オスカーさまがどうかなさったんですか?」
後ろから、淀みない真っ直ぐなその性格をそのまま表した声がする。ランディである。
「ランディ。今日はそなた、オスカーに会ったか?」
ランディはまだ少年らしい柔らかい頬を少し上気させた。ジュリアスと直接話すということは新米のランディにはまだまだ緊張を伴い、かつ名誉なことである。
「ええ、今日もいつものように執務のご指導を頂きました。それに朝は剣の稽古もつけていただいてます!」
「……そうか。」
ジュリアスは眉間に軽く皺を寄せる。だがそれにしても……。
「でも、オスカーさまは何かご気分が悪いように見えました。だから少し早めに俺を帰されて…でも、ご本人はなんでもないっておっしゃってましたけど…。」
ジュリアスは目を瞠る。やはりオスカーに何かあったのだろうか。
「オスカーさまは寝不足で目が痛いっておっしゃってましたけど、なんだか少し苦しそうな気がしました。実は俺、ちょっと心配なんです。ジュリアスさま、様子を見てあげてください。お願いします。」
ランディはもちろん二人の間に最近起きたことは知らない。(何人かの勘のいい守護聖たちは薄々気づいているかもしれないが…)だがオスカーがジュリアスを慕っていることはよく知っている。ランディの真剣なその言葉はジュリアスの胸を打つ。そして彼は聖地に来て間もない頃のオスカーの面影を、ランディの中に見出していた。
「わかった、ランディ。心配を掛けてすまぬな。だがそなたは何も案ずることはない。私に任せるがいい。良いな?」
ランディは明るくはい、と返事をして自分の執務室へと元気よく帰って行く。
ジュリアスは目を細めてそれを見守ったあと、改めてオスカーの執務室に向き直った。
「オスカー、いるのであろう?返事をせぬか!オスカー!」
執務机に突っ伏したまま眠っていたオスカーは、漸く目を覚ました。
ドアを叩く大きな音と、ジュリアスの声。オスカーは慌てて立ち上がり、足をもつれさせながらドアへと急いだ。そしてもどかしげに鍵を開けてジュリアスを招じ入れる。
「心配したぞ、眠っていたのか?……なんだ、オスカー…その顔は。」
オスカーはそういわれて思わず自分の顔を撫でまわした。頬のあたりが妙にでこぼこしている。突っ伏していたせいで袖の跡でも付いているのだろう。
「す、すみません。ご心配をお掛けいたしました。どうやら寝不足が祟ったようですね、
まったくお恥ずかしいことです。執務中に居眠りなどと…」
居眠りなどというレベルではない。あの寝ている時間と起きている時間のどちらが長いかわからない闇の守護聖ならともかくオスカーが執務中に爆睡するなどとは、今までにはなかったことである。しかも……。
「オスカー。とにかく鏡を見てみるが良い。ひどい顔だぞ。」
オスカーはジュリアスの言葉に、慌てて執務机の上においてある小さな箱の蓋を開けた。小物入れになっているその箱の蓋の裏には鏡がついている。
「……ひどいですね、確かに……」
オスカーは自分の顔をまじまじと見た。アイスブルーの瞳は充血して全体が赤っぽく染まっている。瞼は腫れぼったく、その頬には(触ってわかるほどの)派手な袖口の跡がくっきりついている。髪の毛もぐちゃぐちゃだ。
「…男前が台無しだな。そんな様子ではそなたの取り巻きの女性に愛想をつかされてしまうぞ。とにかく顔を洗って来い。」
「は、はい!今すぐ!」
オスカーは次の間に飛び込んで洗面所で顔を洗いながら考える。
さっきは思い出すだけで苦しかったジュリアスと、今はとりあえず普通に話せているではないか。オスカーは顔をタオルで拭うと、頬をパンパンと掌で叩き、気合を入れなおすと大きく深呼吸した。
「すみません、ジュリアスさま。みっともないところをお見せしました。」
「いや、よい。それよりどうだ、気分は。」
「は……?…あ、あの、大丈夫です。もうなんともありません。」
「そうか、それは良かった。ランディも心配していたぞ。後で顔を見せに行ってやれ。」
「はい、申し訳ありません……」
オスカーは下を向いてそう言い、小さくため息をついてから顔を上げた。すると、オスカーの目の前にジュリアスの顔があった。
「ジュ……ジュリアスさま…っ?」
「仕事は…片付いたようだな…。」
そうだ、溜まっていた仕事なら片付いている。オスカーはジュリアスを思って悶々とする気持ちを紛らわしたいあまり思わず執務の方に精力を傾けていたのだった。
「……はい…なんとか…」
「そうか……それは、良かった…」
そう耳の傍で囁くと、ジュリアスはオスカーの耳の後ろの首筋に、軽く口づけた。
「……ん…っ…」
オスカーは吐息を漏らす。どうしてこんなに感じるのだろうと思うくらい感じている。
「ここは執務室だ。続きは今夜…そうだな、とりあえずそなたが私の邸に来るがよい。」
「は……はい…」
オスカーは耳の奥に響くジュリアスの低い声にまで、体中で感じていた。そして部屋から出て行くジュリアスの後姿を、やっとのことで立ったまま見送ったのだった。
ジュリアスの指がオスカーの熱い中心を、時に強く、そして時にひどく優しく責めてゆく。
「ひっ……あ、あん……ぅ…っ」
オスカーはそうとは気付かずに、ジュリアスの背中に爪を立てていた。ジュリアスの白い肌には赤い傷痕がいくつも走っている。
オスカーのそれは痛いほど張り詰め、その先から蜜を溢れさせながらびくびくと痙攣している。
「挿れるぞ。」
ジュリアスはそう言って、オスカーを握りながらくるりとうつ伏せにして少し腰を上げさせた。そして先ほどまでさんざん指で緩めたその蕾を押し開き、己の猛ったものをゆっくりと挿入した。
「くは……っ……ぁ……んっ……ひぅっ……く……ぅ…っ」
オスカーは苦しそうに呻き声を洩らし、その体を弓なりに仰け反らせながらがくがくと震えた。
「……ん…っ、良いぞ……オスカー。」
ジュリアスはそう言ってそのままオスカーをゆっくりと揺さぶる。
「……っ……く……っ…ふっ……んく…っ」
オスカーの食い縛った歯の間から、銀の雫が漏れ、オスカーの体はさらに大きく震えた。ジュリアスはオスカーを扱いていた手を緩め、オスカーの中の一点を突きながらオスカーを膝に抱えてさらに揺さぶった。
オスカーは顎を仰け反らせると大きく口を開けて喘ぎ、悲鳴のような声を上げる。
「ひぃあッ……はぁ……あああーっっ!」
そしてそのまま精を放ち、がっくりと力を抜いてジュリアスの腕に沈んだ。
「大丈夫か?」
「はい……」
情けない声だ、とオスカーは思った。ジュリアスの邸で、あの日以来やっと再びジュリアスに抱かれ、オスカーはまた「飛んで」しまったようだ。事が済んだあと、意識が朦朧としてしまった。ある部分は痛みを感じているのに、ふわふわとした雲の中にでも横たわっているかのような気分だ。
とにかく感じるのだ。もう、いったい自分の体はどうなっているのだと思うくらいジュリアスの行為、ほとんどすべてに感じてしまうのだ。それでも達するまでは数分ほどかかるわけで、その間感じっぱなしで呼吸をするのも半ば忘れている。もう、心肺機能が優れているオスカーでなければ本当に「逝って」しまうところなのかもしれない。
息も絶え絶えのオスカーをジュリアスが気遣う。そして優しく口づける。また感じてしまう。そんなことの繰り返しで、本当に持つんだろうか、とかオスカーは思った。
「辛そうだな。やはり…無理をしているのではないか?」
「大丈…夫…です…っ…あ、は…」
ジュリアスがオスカーを気遣いながらそっと髪を撫でるのもたまらなかった。気持ちがいいだけならいいのに、どうしてこう、息が出来なくなってしまうのだろう。
「これもダメなのか……?」
ジュリアスは慌てて手を離す。そしてそのまま上半身を起こした。ジュリアスの白い肌には何本も紅い爪痕らしい引っ掻き傷がついている。オスカーは愕然とした。
「ジュリアスさま……!その傷……っ」
「あ、ああ……これか?いや、いい。別に痛みもない。それよりこれほどそなたに苦しい思いをさせてしまった事が気がかりだ。どうにかならぬのか…な。」
ジュリアスはその紅い傷痕を撫でながら言う。
オスカーは自分の爪を見た。かすかに血がついている。苦しくてジュリアスを引っ掻いたのだろう。こんなことでは自分どころかジュリアスまでもっと傷つけてしまう。どうして普通に……女性に愛撫されたりした時のように普通に快感が得られないのだろう。
意識しすぎなんだろうか。長い間……聖地に来てからの4年…それは確かに短いとは言えない時間だが…想い続けていたジュリアスに抱かれたこと、相手が誰あろうジュリアスだと言うことを…重く受け止めすぎているのかもしれない。
重い。確かにそれは重いことだった。あの堅物なジュリアスが、初めて抱いた相手が誰あろう、男である自分なのだ。ジュリアスにとってはそれは決して容易い決心ではなかったはずだ。そのジュリアスの思いを受け止めるほどの力量が自分にあるとは、まだオスカーには思えなかった。
オスカーは、目を閉じたまま言う。
「もう少し……もう少し待ってください。俺は、まだあなたに愛されていることを心のどこかで信じていない……。あなたを疑っているわけではなくって、信じられないのは俺自身です……俺に、もう少し自信がついて、あなたに愛される自分を素直に…受け入れることが出来たら……きっと、こんなに苦しくなることはないはずです……それまで…もう少し待ってください。……いえ、待てないとおっしゃるなら、仕方がないのですが…」
オスカーはそう言ってから、目を開く。
さらり、と金の髪がオスカーの肩先を掠めた。この上なく優しい表情のジュリアスがオスカーを見つめている。
「構わぬ。私はそなたが守護聖としても人としても十分立派な男だと信じている。だがそなた自身納得が行くまで、私はいくらでも待とう。だが……」
ジュリアスはそう言って、オスカーの肩をぐいと掴むとベッドの上に引き起こして、抱きしめた。オスカーは息を飲む。
「しばらくこうさせて欲しい。苦しくても、少しだけ辛抱してくれ。」
オスカーの顔がジュリアスの素肌の胸と密着する。オスカーはたまらず目を閉じた。胸が苦しい。だがなんとか呼吸をしてみた。自分の荒い呼吸と、自分とジュリアスの心臓の鼓動がオスカーの耳に響く。
「はあ、はあ……ああ…ジュリアスさま…っ…」
「苦しいのか?済まぬな。だがもう少し…辛抱するのだ。」
いつの間にかオスカーはその頭をジュリアスの胸に預けて力を抜いていた。苦しかった呼吸が少しずつ楽になってきたような気がする。
その時、オスカーは気が付いた。ジュリアスの肌を通して、とても温かく、強い何かが流れ込んでくることを…。
オスカーは思い出した。自分の掌る力がなんであったかを……。
『ジュリアスさまの与えるものは…誇り…。俺の…与えるものは…強さ…。俺は炎の守護聖、オスカー……。そうだ…俺は…宇宙でただ一人の……』
ジュリアスは、いつの間にか胸の中のオスカーが安らかな寝息を立てていることに気が付いた。その顔からは、すでに苦しげな表情が消えている。
「オスカー…そなたはもう…大丈夫だ。この光の守護聖、ジュリアスが言うのだから間違いない…。きっともう前のように、そなたは強さを取り戻すに違いないぞ。」
ジュリアスは、オスカーから発せられる炎のサクリアが安定を取り戻したことを確信すると、オスカーを横たえ、その唇に軽く口づけた。
「よい眠りを、オスカー。」
早朝、目覚めたオスカーを、ジュリアスはもう一度その腕に優しく包んだ。
「今朝は日の曜日、久々の休みだ。時間のことは気にせず、ずっとそなたをこうしていても良いか?」
もう、苦しくはない。大丈夫だ。オスカーは、しっかりとうなずいて言う。
「……もう一度、抱いてください。」
ジュリアスは答える代わりにオスカーの唇をおのれの唇で塞ぐ。オスカーの甘いため息がジュリアスに飲み込まれて行った。
