こんなふたり。



「ああ……」

ベッドの中で寝返りを打ちながら、炎の守護聖オスカーは大きな吐息を一つ付いた。
そうしてからちらりとすぐ横を見たが、隣で寝ている麗人は起きる気配はない。

「ふふ……いいもんだ。」

オスカーはそう言いながら隣の麗人、水の守護聖リュミエールの白い頬に軽く手を触れた。

「ん……っ」

リュミエールがそう言って寝返りを打ち、オスカーに背中を向ける。オスカーは見えなくなってしまった彼の顔を惜しみつつ、今度は逆にこちらを向いた水色の長い髪を指でゆっくりと梳いた。少し汗ばんでいるようなのがかえってなまめかしい。

「……俺も幸せ者だよな、こんな綺麗なヤツを抱けるなんて……」

…と、オスカーは呟いた。
が……。

「……まあ、一部嘘だけど、いいよな。」
「…なにが嘘なのですか?」
「わっ!リュミエール、起きてたのか?」
「いえ、今のあなたの声で目が覚めました。…なんなのですか?あなたがわたくしに嘘を付いていることがあるのですか?……あの…もしかして何か、わたくしに落ち度でも?」
「い、いや。そうじゃない、おまえに落ち度なんかない。それに別に嘘なんて付いてないぞ、俺は。ただちょっと独り言で冗談を言っただけだ。」

オスカーは慌てる。リュミエールが変なところでくそまじめなおかげで時々こういう不毛な会話をしてしまう彼らだった。……というより、オスカーもそんなこと口に出さなきゃあいいのだけれど。

「……冗談というのは?」
「…なんでもない。くだらないことさ。」
「…………。」

リュミエールはちょっと哀しそうな顔をして俯く。……ヤバい!
と、オスカーは思う。何故か彼は妙に落ち込むときがあり、そう言うときはいつもこうして哀しそうな顔で黙るのだ。

「いや、そうじゃあなくって、リュミエール。おまえに隠し事なんかしてないって。」
「……ですが…」
「…う〜〜、まったく……だから、その、俺がさっき言ったのはな……。…よし、わかった、嘘を本当にしてやる!」
「……えっ?」

そう言うとオスカーは半分起きあがってリュミエールをガバッと抱きかかえた。

「こうして、俺がおまえを抱けば、俺は嘘つきでもなんでもなくなる。」
「…え?…なっ……オ、オスカー……っ?!」

オスカーはリュミエールがばたばたもがくのを気にも止めない風で、抱きしめた彼を離すとシーツの上に押しつけ、自分はその上に覆い被さるように四つん這いになった。

「オスカー、どうしたのですか、オスカー!?」
「愛してる、リュミエール。愛してる。」
「わ、わたくしも愛しています。……でも、オスカー!?」

そう、オスカーがやろうとしていることはふたりの本来の愛し合い方ではなかった。
オスカーがリュミエールを抱くのではなく、リュミエールがオスカーを抱くのだ。……いつもそうなのだ。だがオスカーは本当はリュミエールを抱きたかった。
壊れるほど愛したかったのだ。

「んんんん……っ…、や、やぁ…っ!」

リュミエールは突然の出来事に混乱し、思い切りオスカーを突き飛ばした。

どたん。
ごちん。

鈍い音がして、リュミエールは自分の体が自由になったことに気が付いた。

「……オスカー?……あ、ああ、オスカー!オスカー、大丈夫ですか?オスカー!」

人情刑事ドラマか2時間サスペンスドラマならたぶんリュミエールは過失致死罪にでもなっている状況だったかもしれない。そう、オスカーは一糸纏わぬ姿で床に頭を打ち付けて気絶して倒れていたのだ。
だけどそう簡単に人は死なない。リュミエールがオスカーの頬をパシパシ叩くと、オスカーの口から小さな呻きが漏れた。

「ああ、オスカー。よかった……。」
「…リュ……ミ…ん……」

オスカーは脳震盪を起こしているらしく、意識が朦朧としているようだ。リュミエールはベッドから毛布を取るとオスカーをそっと覆う。

「申し訳ありません、つい、びっくりして……。…今何か冷やすものを持ってきますから、動かないでくださいね。」
「や……リュミ…エル…ここに…いてくれ…」

リュミエールがガウンを纏って立ち上がろうとしたとき、オスカーがその裾をぐいと掴んで止めた。オスカーは焦点の定まらないような透き通った瞳でリュミエールを見ている。
リュミエールはオスカーが愛しくてたまらず、その場に並んで横たわり、そっとオスカーを覆うように抱くと、胸の中でオスカーが小さく喘ぐ。

「…大丈夫……ですか?」
「……ああ……だいじょう……ぶ…」
「このまま、お休みください。幸い明日は日の曜日です。」
「……ん…、…リュミ……エ…ル?」
「…はい?」
「…愛……してる…。おまえを……誰より…」
「ありがとうございます、オスカー。」
「…………」

オスカーは目を瞑って黙った。眠ったようだった。



オスカーが目を覚ますと、目の前でリュミエールがこちらを見ている。

「……ああ、リュミエール。もう、朝か?」
「はい、朝になりましたね。御気分はどうですか?」
「……?…なんだか、頭が痛いな。…で、リュミエール。」
「はい、なんでしょう。」
「どうして俺たちは床に寝ているんだ?」
「…覚えてらっしゃらないんですか?」
「………いや、…全然。」
「そうですか。あ、頭が痛いというのはどれくらい?吐き気はなさらないですか?」
「…吐き気…?いや、別に。…頭は…ちょっと、後頭部がずきずき…あ、なんだこりゃ。」
「どうなさいました?オスカー。」
「いや、なんだかでっかいコブが出来ているんだが、何故だか全然思い出せない…。」
「どれ……、ああ。本当に大きなコブが。少し熱を持っていますね。立てそうですか?…ではちゃんとベッドの上に寝ましょう。」
「…もしかして、俺は床に頭をぶつけて気絶したってわけか?」
「……そうです。ごめんなさい、わたくしがちょっとびっくりしてあなたを突き飛ばしてしまったのです。」
「びっくりした?……どうして、また。」
「……ちょっと…いえ、わたくしが悪いのです、すみません。」
「…ん…、まあいいか。なんだか覚えていないが、おまえが気にすることじゃあないさ。悪気があったわけじゃないんだしな。」
「申し訳ありません。」

そんな会話をしながらリュミエールはオスカーに薄いガウンを着せて、シーツの上に押し倒した。…否、本当は寝かせようとしただけなのだが、オスカーは押し倒されたと思ったのだ。

「…また、やるのか?」
「なにを……ですか?」
「…なにをって……ナニだ。」
「……??…!…いえ、違います。それにあなたは頭を打っているのですからしばらくはおとなしくしなくてはいけません。あんなことをして昂ぶったりして、もし頭の血管でも切れたらどうするつもりですか!…ダメです、今はおとなしくお休みになってください。」
「…そんな……大袈裟なこと…」
「ダメです!昨夜は確かに意識を失うほど頭を打ったのですし、こんなに大きなコブが出来るほど内出血しているのですよ。それに記憶までないのでしょう?…もしあなたに何かあったら……わたくしは…」

オスカーは少し頭がずきずきと疼くものの、何しろ記憶と自覚がないのだからリュミエールの言うことはやはり大袈裟だと思っていた。だがリュミエールが真剣な顔をして、あまつさえその水色の瞳を潤ませてすらいるのを見て、なにも言うことが出来なかった。
そしてオスカーは横になったままリュミエールの腕を引っ張って抱き寄せる。

「わかった、リュミエール。おとなしくしていればいいんだろ?…だけど、この頭痛が治ったらまた……抱……いて、くれるな?」

オスカーは自分の言葉に引っかかりを感じる。抱く?抱かれる?……何かがオスカーの頭の中をよぎる。少しきつめの頭痛と共に。

「……オスカー。ええ、もちろん。その頭痛が治ったら…いくらでも……いえ、その、あなたさえ、もし、よかったら……」
「……?…俺が?…何なんだ?」
「あなたさえ、よかったら、わたくしを……」
「……おまえ、を…?」
「……あ、…な、なんでもありません。あなたの体が回復したらまたお話しします。」

オスカーはもしや、と思い当たることはあったが、こうなるとリュミエールは結構頑固者だから無理に言わせない方がいいだろう、と思って黙った。

(抱かせてくれる、って言いたかったのかな。だけどまだ迷っているみたいだな。……ふう、やっぱり抱くの抱かれるのって、適正があるんだろうな……。…けど俺とこいつの関係を知っているヤツはいるが、たぶん逆だと思っているんだろうな。…そうだよ、何で俺が…やられる方なんだろう。…ふう。)

オスカーが大きな溜息をつくと、リュミエールがそっと唇に指を触れてきた。

「すみません。…今は、まだ……。」
「いいさ、気にするな。」
「はい、ありがとうございます。」

(俺は結局、リュミエールに頭が上がらないってことか。…まったく、こいつの思うツボだな。…俺って、結婚…女性とだが、もちろん…とかしたら意外と尻に敷かれるタイプってことなのかもしれんな…。)

「オスカー?…どうなさいました?…あ、今はもう少しお休みください。次にあなたが目を覚ます頃には何か食べるものを用意させましょう。」

そう言ってにっこりと微笑み小さく首を傾げるリュミエールをオスカーは本気で押し倒したいと思った。……むろん、出来ることなら、である。本当に押し倒そうとしたりしたら、コブが二段重ねになるだけではすまないことはわかっているのだ。

「オスカー、愛しています。」

そう言ってリュミエールはオスカーの瞼にキスをする。
オスカーは小さく、小さく溜息をつき、ゆっくりと瞼を閉じた。


やっぱり、炎は水には敵わないのかな、とそっと思う。

(いつかおまえが沸騰するほど、強い炎を見せてやるさ。)

いつになるかはわからないけれど。
オスカーは待てると思った。

そう、愛があれば、きっと。



おしまい。