このうつくしいひとに
両腕を掴まれる。
両足も押さえつけられ、もがいてもがいても振りほどくことができない。
……力が出ない。
(そうか、さっき飲んだ茶に……)
なにか仕込まれていたのだ、と気が付いてみてももう遅いのだ。
男たちに押さえ込まれ、手足を括られ、猿轡を噛まされる。
(熱い……。何故、こんなに……、体が…熱いんだ…?)
彼は頭では拒みながらも、すでにその器官は昂ぶりを見せ始めていた。
(やめてくれ……。いやだ、やめろ……!やめてくれッ!!!)
だが男たちは容赦なく彼を弄ぶ。
猿轡を外された口腔、逞しい胸のふたつの小さな突起、そして下腹部の前と後、それらのものを男たちは容赦なく犯していく。
彼の声にならない叫びは一昼夜、続いた。
その星には、言い伝えがあった。
『守護聖と交わると、永遠の命を手にすることができる』
……どうしてそのような言い伝えができたのかはわからない。
彼がそれを知らなかったのは不幸なことではあった。
だが、公用でその惑星に到着したときから彼はその機会を伺われていたのだ。そして、任務が完了すると同時に、呪われた宴は始まっていたのだった。
「オスカー、……オスカー!?」
悪夢の中を逍遥っていたオスカーは、聞き覚えのある声に現実に引き戻された。
「う……リュミエール……ああ……夢か…今は、まだ昼間か?」
そこはオスカーの執務室。オスカーは疲労を感じて、長椅子に横になっていたのだ。
無理もない。オスカーは戻ってきてからずっと悪夢に悩まされ、ろくに眠れていない。帰って来たばかりのときにリュミエールに『手当て』されたとき以外には…。
「もうすぐ夕刻です…。大丈夫ですか?とてもうなされていました……」
「……ああ、そうだろう…いやな……夢だ。」
「あの……惑星での…?」
「そうだ…………ああ……すまん、ちょっと……」
オスカーは、横になっていた長椅子から跳ね起きると、急いで洗面所に駆け込んだ。
「オスカー……!?」
『ごほ、げほッ、げほッ……』
洗面所の扉越しに、オスカーの苦しそうな咳と嘔吐する様子が聞き取れる。
「オスカーッ!しっかりしてください、オスカー!?」
リュミエールも洗面所に駆け込み、オスカーの背中をさする。何度も、何度も。
「オスカー……?」
「………はあ………はあ…ああ、すまん、リュミエール。けほっ……ふ、情けないな、もうあれから十日も経つというのに、俺は……」
「……オスカー……」
「…何だ、リュミエール。…ははは、そんなに情けない顔をするなよ。…すまんな、おまえに余計な心配をさせて…。」
「いえ、わたくしは……構いません…でも、あなたが…」
オスカーは、苦笑いをしながら下を向く。顔は笑っているがその目は笑ってはいない。
やがて彼は意を決したように、静かにリュミエールに告げる。
「俺を……抱いて、くれないか……?」
「え……っ?」
「……忘れたい……忘れさせて…欲しい…」
「……オスカー……」
「頼む…リュミエール、あの忌まわしい感触を………忘れさせて欲しいんだ…おまえの…体で………」
「…………。」
「ああ…でも、厭だよな……あんな…」
そう言ってからオスカーは下を向く。握り締めた拳が小刻みに震えている。
「わかりました……ありがとうございます、わたくしに、その役目を下さって。」
オスカーは驚いて顔を上げる。リュミエールは優しく微笑んでいた。
「……リュミエール…。…いいのか?…男なんだぞ、俺は…」
そのオスカーのセリフに、リュミエールは、思わず笑ってしまった。
「そ、そんなこと、もちろんわかっています。あなたが女だなんて、思うわけないじゃないですか。……大丈夫です、オスカー。きっと…」
そこまで言ってリュミエールは、優しくオスカーの唇にくちづけた。
「……ずっとあなたを好きでした、オスカー。」
「リュミ…エール……ああ、…俺もだ、ずっと、おまえに惹かれていた。」
執務室には次の間がある。使い方は守護聖によってさまざまだが、たいていはプライベートな空間だ。オスカーはそこをあまり綺麗に整頓しない。秘書たちにも整頓させない。
なんとなく雑然と、資料やら防具やら、…結構貴重品なのかもしれないものだが…が置かれている。ソファもあるが、あまり大きくはないしそれほど丈夫なものでないので、かなり大きい男が2人横になるのには心許ない。
「……私邸に戻ったほうがいいか……」
そう言いはしたが、オスカーの顔色はずっと青いままだ。
「構いませんよ、わたくしは。この床にでも何か敷けば十分でしょう?」
「……硬いぞ?」
リュミエールは黙ってにっこりと微笑み、件のソファに掛けられていた布を取って床に敷き延ばした。
「……汚しても……いいですか?」
リュミエールは少し頬を赤らめながらそう言う。オスカーもつられて少し赤くなって、ああ、とぶっきら棒に答えた。
するとリュミエールはオスカーのとがった顎をつい、と引き寄せ、少し背伸びをしてオスカーの上のほうから、覆い被さるようにその唇にくちづける。
「んん……。」
オスカーもそれに応えてリュミエールを抱きしめ、強く引き寄せる。いつしかどちらからともなく互いの口腔で舌が絡み合った。
「……ん、ふっ……っ…んん、…あの、オスカー…?」
長い接吻ののち、リュミエールが唇を離して、言った。
「…ふ…っ……ん、なんだ?リュミエール。」
「あの、服は……脱がないのですか?」
「……ん…いや、それは……やはり、脱ぐんだろうな…」
「わたくしが脱がせて差し上げようかとも思ったのですが、あなたの服はいろいろついていて、脱がせにくいのです。」
「……そうか……じゃあ、脱ぐぞ。」
そう言ってオスカーは服を脱ぎ始めた。
「……で、おまえは脱がないのか?」
「……はい?…いえ、わたくしはこのままでも出来ます。」
リュミエールはそう言いながら衣装の長い裾を少しつまみあげる。
「……俺だけ裸なのか?」
オスカーがそう言うと、リュミエールは初めてそのことに気が付いたようにはっとしてオスカーを見た。思いのほか色白の、だが逞しい、一糸纏わぬ裸体がそこにある。
リュミエールは真っ赤になった。
「あ、あの……なにか…その、マントでも羽織ってください。」
オスカーは思わずつられて赤くなって、ソファに掛けてあった自分のマントを羽織る。
「あの……すみません、あ……そうですよね、わたくしも、脱がなくては…」
そう言いながらリュミエールもうつむきながら自分の衣服を取り始めた。
薄い襦袢のような肌着一枚になったところで、リュミエールはやっと顔を上げた。
オスカーはその光景に見とれていた。思いの他肩幅が広くて、体つきもがっしりとしているのには少し…いや、かなり驚きはしたが、まるで処女(おとめ)を見ているような初々しさだ。
「……綺麗だ、リュミエール……」
「……そんな……わたくしは……」
まるで新婚さんのような会話だ、とちょっとオスカーは思う。
オスカーは、今彼が置かれている立場を完全に忘れているらしかった。だからリュミエールの次のセリフに、オスカーはかなりびっくりした。
「では、始めましょう。いいですね?」
「………あ、ああ…」
そうだ、俺は抱かれるほうなんだ。新婚だったら、妻は俺のほうだったんだ……と、オスカーは慌てて思いなおす。
「……オスカー……」
はっ、とその言葉に我に返ると、リュミエールがこちらをじっと見つめている。
「リュミエール……。」
オスカーは、リュミエールが今まで付き合ったどの女性よりうつくしい、と思った。
外見だけではない、内面的な美しさも含めて、のことだ。
「オスカー、あの、わたくしに任せてくださっていいですか?」
「あ?……あ、ああ。構わない、おまえに任せる。おまえの好きなようにやってくれればいい。俺は、信じているから。」
「あ、ありがとうございます。では、横になってくださいますか?」
「…ん、ああ、わかった。」
オスカーは床に敷かれた布の上に横たわる。体を覆うのは、ただ一枚のマント。その傍らにリュミエールはひざまずいてオスカーの頬に、ちゅ、と音を立ててくちづけた。
そしてそっと、マントの下の肌に触れる。マントを少しはだけて、逞しい胸の小さな突起に触れる。最初は弱く、そして少し強く。
「あ……っ…ん…」
リュミエールはオスカーに覆い被さるように横たわり、更にマントをはだける。
灯りをつけない部屋の外は夕暮れ時だ。二人の体を少しずつ夕闇が包み込み始める。
「……失礼しますね。」
そう言ってリュミエールはその手を下腹部まで伸ばす。そろりと、長い指がオスカーの敏感な部分に触れた。
「は……ぁ……」
「もう少し……足を開いてください。…力を、抜いて…。」
オスカーは、少し力を入れていた足からそっと力を抜く。リュミエールはその開いた足の間にそっとその手を滑り込ませ、優しくゆっくりとそれを刺激し始めた。
「ん……はっ…あ…あぁ…」
「……気持ち…悪くありませんか?」
「…ん……い、いや…いい…とても…いい…気持ちだ…はっ…ぁ…」
「そうですか…良かった……」
「…ふ……んん…、あ…と、リュミ…エール?」
「はい…?」
「おまえのほうは……どうなんだ?……その…準備しなくても…いい…あッ…」
そのときちょうどリュミエールの指がオスカーの先の方の最も敏感な部分を刺激した。
「…大丈夫です、オスカー。」
そう言って、リュミエールはオスカーの手首を取って、肌着の上から自分の中心を触れさせた。それはすでに、かなりの熱と大きさ、硬さを持っているようだ。
「……ね?」
「あ……ああ…確かに……」
オスカーは、目の前の麗人が、確かに自分と同じ男なんだな、と思って不思議な気分がした。そして同じ男と言っても、あいつらとは大違いだ、と、うっかり思い出してしまった。
と、そのタイミングでリュミエールの指が、ついにその部分に触れた。
「……う……っ…」
「…大丈夫ですか?…いやなら言ってください。やめますから。」
「……いや、いい。…続けて…くれ。」
「はい……あの、ゆっくり、やりますから…あ、そう言えば…」
と、いきなりリュミエールが立ち上がって、洗面所に入っていった。
「……リュミエール?」
「あ、すみません……ありました。」
戻って来たリュミエールの手には、傷薬の軟膏の瓶が握られている。
「これを……使ったほうが、いいらしいです。」
「……いいらしいって……そんなこと、どこで……」
「内緒です。……あ、ちょっと、冷たいですよ。」
と、言うが早いか、オスカーのそこにひんやりとしたクリームの感触が伝わって来た。
「うあッ……あ、……ああ……ふ…あっ……」
「……力を……抜いてください…」
「んんん……く……っ…」
「…痛みますか……?」
オスカーは首を振った。聖地は傷の治りが早い。あの時の傷はもう治っている。
「……辛いですか?」
「……だ、大丈夫……続けて…」
リュミエールはこくん、と頷くと、作業を続けた。彼のその長い指は、オスカーの内壁に丁寧に軟膏を塗りつけていく。オスカーは大きな息をゆっくり吐きながらその感触に堪えた。気持ちがいいのか悪いのかわからない。けれど指くらいで参っていてはこの先が続かないのは重々承知している。
「はう……ん」
「終わりました。」
「……はぁ……あ、ああ……そうか。」
「あの…少し、硬さが足りないようなので、あなたに触って欲しいんですが…」
「えっ……?……あ、……そうか、わかった。」
リュミエールはオスカーの手を肌着の下の自分の器官に導いた。オスカーはその熱いモノに触れ、そっと刺激する。自分がしてもらったように、できるだけ優しく。
「……ん……んんっ……」
リュミエールは声を殺す。
「……声を、出してくれ。おまえの、声が聞きたい。」
「…!…は、はい…、…ふ……あ、ああ…いい…」
その声を聞き、オスカーはひどく昂奮した。自分のそこから露が溢れ出しているのがなんとなくわかった。ちょっと、息が苦しいような気がする。
「……ああ、オスカー。もう、いいです。ああ、気持ちがいい。」
そう言って、リュミエールはオスカーの腰を少し持ち上げる。そしてその小さな入り口に、指よりずっと太くて熱いものをあてがう。オスカーは少し体を強張らせた。
「……少し、我慢してください。」
そう言うと、リュミエールはオスカーの両足を抱えて、そこに自身を挿入し始めた。
「う……っ!は、あああ……ああっ…」
みしみしと、狭いところに熱い楔が打ちこまれていく。
「は……ああ…だ、大丈夫ですかっ…オスカー…っ…」
「はぁっ……ああ、リュミ…あああ、リュミ…エールっ!!!」
「オスカー、オスカー、大丈夫ですかっ!?」
「……か、構わないで…つ、続けて…うぁ…っ」
「…ああ……きつい……あ…」
そしてついにリュミエールはその楔のすべてをオスカーの中に収める。
「う、ん……ふ、あ……あ…う、は……」
「…動きます…、いい…ですね?」
オスカーは、こくこくと頷いた。きゅっと閉じられたまぶたの端から、銀の雫が幾筋も伝わり落ちている。リュミエールは、それを指で掬い取って舐める。それからオスカーの体をそっと持ち上げて抱え、ゆっくりと動いた。
「ああ…ああ、ああ……」
オスカーの頭の中は忌むべき記憶と、今、目の前にいる彼の体と言う認識が、徐々に入れ替わり始めていた。リュミエールのひざの上でゆさゆさと揺さぶられながら、オスカーはゆっくりとアイスブルーの目を開く。
「は……ッ、…あ、リュミエール…っ」
「はい。」
「もっと、俺の名を…呼んでくれ……ッ」
「はい、オスカー。何度でも、オスカー。」
「ああ、ありがとう、リュミエール。」
「何度でも呼びます、オスカー。あなたが、そうして欲しいのなら、オスカー。」
「はあ……ああ、もっと、呼んでくれ。」
「オスカー、好きです、オスカー。あなたが好きです、オスカー。」
「リュミ……は、ああ……い……」
「オスカー、ああ、オスカー。わたくしも……オスカー…」
「リュミエール、俺も……あ…い…ああ、あいして……るっ…」
「オスカー……もう…ああ、オスカーっ……」
「あ、い……イ…くっ……あっ…」
ふたりはほぼ同時に高みに昇りつめ、繋がったまま震える。
そしてオスカーは、ゆっくりと、意識を手放して行った。
「……オスカー?」
「んん……ああ、リュミエール。…俺は、眠っていたのか?」
「はい……ぐっすりと。」
見ると、オスカーはきちんとソファに横になっている。リュミエールが運んだのだろう。
「そうか…そうだな……悪い夢も、見なかったな。」
「それは、よかったです。」
「……ありがとう。おまえのお陰だ。」
「いいえ、わたくしも、嬉しかったです。あなたのお陰で。」
「……そうか。それなら良かった。」
「……また……抱かれてくださいますか?……それとも、もう厭ですか?」
オスカーはちょっとドキッとした。
……今度は自分がこのうつくしいひとを抱いて、喜ばせてやろう…と、そう思っていたからだ。
「……あ…と、リュミエール。」
「はい。」
「……今度も、おまえが、俺を?」
リュミエールはきょとん、としている。
「……いけませんか?」
「いや……いけなくは……ないが…」
「いいのですね?ありがとうございます。」
リュミエールはにっこり、と微笑む。
オスカーはその微笑にどきどきしながら、ちょっとため息を吐いた。
このうつくしいひとに抱かれるのも、また一興。
そう思うことにしよう。
オスカーはリュミエールに見つからないように、そっと苦笑いをしてみた。
END