レースのカーテン越しの柔らかな光の中で俺は目覚める。
目覚めたといっても、まだ目は閉じたままだ。
太陽の光は感じる。だが少し、目を開けるのは怖く、そして気だるい。
俺が意を決して目を開けようとしたその時、ぎし、とベッドが鳴った。
「オスカー。」
俺を呼ぶ、優しい声。俺はほっとして目を開く。
目の前に、光の洪水。俺を覗き込む、金色の光。
「ジュリアスさま……おはよう…ございます。」
金色に光る豪華な髪が、シーツの上に流れている。その青い瞳は優しさに満ちている。
いったい俺のほかに誰がこの方のこんな微笑を見ることができるというのだろうか。俺は、俺にだけ許された特権の素晴らしさに、目も眩む思いだった。
「体はどうだ?辛くはないか?」
ジュリアスさまの甘く低い声が俺の体を突き抜け、少し、俺は感じてしまった。
俺は慌ててその快感を振り払うように頭を振り、肘を立てて、少し体を起こそうとした。が、無理のようだ。かなり、腰が重く感じる。鈍く、痺れるような痛みと…。顔もだいぶ腫れぼったい。そう言えば、ずいぶん……。
「……っ…ん…」
「辛いのか?だったら……」
そう言って、ジュリアスさまは俺の頬に触れた。俺は今、どんな表情(かお)をしているのだろう。きっと、捨てられて弱り切った子犬が新しい飼い主を見つけたときのような顔だったろう。
俺は、昨夜のことを思い出していた。


もう何度目かの二人の夜。やっとジュリアスさまに抱かれながらまともに呼吸ができるようになって……最初のうちは、困ったことにほとんど息を止めたまま抱かれていたので、達するたびに気を失ってしまっていたのだ。これでは体が持つまい……はじめに、ジュリアスさまは、黙って俺に口づけた。俺も精一杯それに応える。
「んっ……んん……っ」
俺の体はどうなっているんだ。あの部分だけでなく、うしろまで感じているようで、まるで女性にでもなったような気さえする。……もっとも本当に女性になって男に抱かれたことがあるわけではないから本当のところはわからないのだが……けれど……こんな感じ方は今まで……。

ジュリアスさまの唇が俺の唇を離れて体に移動する。
「あ……ああ……い、いやぁ……っ」
なんだ、今の声は?…俺の声か?
「は……ああっ……あっ…んっ…」
俺の声……俺の頭を通さず、俺の体が直接出させている声だ。俺は恥ずかしさに頬が熱くなった。だが、声は止まってくれない。ジュリアスさまはいつの間にかその長い指を俺の中心に絡めて、絶妙な刺激を与えて来る。
「い……い…っ」
まるで、安物のピンク映画の女優みたいな声を出している俺。
「愛している、オスカー。」
耳元でついに響いたジュリアスさまの声が、指の動きとともに俺のそこを直撃する。
「うっ……あ……っ」
俺はもう達してしまった。がくがくと体を痙攣させながら、俺は情けなさと恥ずかしさでいっぱいだった。
「オスカー…?どうしたのだ。何故、泣く?」
いつの間にか俺の目から止め処なく涙が溢れていた。
「まだ、辛いのか?……苦しいのか?」
「い、いえ……そうではなく…。俺は…こんなに早くイってしまって…、あ…そ…それに今の、俺の声……あんな、はしたない……」
俺の頬が、燃えるように熱い。さぞかし、俺は赤い顔をしていることだろう。
「……恥じることはない。オスカー……私の腕の中で乱れるおまえは、本当に可愛いぞ。……私も、そなたに良い気持ちになってもらえるのが一番の望みだ。早く達するのは気持ちが良いからなのではないのか?」
そうだ。俺はもともと女性に対しては持続時間の長い方だ。こんなに早く達してしまうというのは、やはり快感が女性に対するそれと比べ物にならないからだろう。そうだ、ものすごく気持ちがいいのだ。だが、本当に俺はこれでいいのか?
ジュリアスさまにしていただいて、さっさと達して、それからジュリアスさまを迎え入れて、今度はジュリアスさまの熱をこの体で受け止めて、俺ももう一度……。
だけど……それで俺は…本当にいいのだろうか。
俺は……。

「……ジュリアスさま…お願いがあります…」
「なんだ…?」
「俺が、あなたを抱いて差し上げたい。」
「……なんだと?」
「あ、勘違いしないでください……あなたに抱かれることはとても気持ちがいいのです、ジュリアスさま。……しかし…」
ジュリアスさまは曇りのない真っ直ぐな視線を俺に向けている。
ジュリアスさまにとっては、いや、ジュリアスさまの中では、これらの行為は決して自分の快感のためでなく、俺を愛してくださるが故の、俺のための行為なのだ。
あの方の倫理観では、確かにそうでも思い込まねばこう言った性行為(しかも男同士なのだ…!)を正当化して、納得することは出来ないのだろう。
俺は考えた。なんと言えば、ジュリアスさまに納得していただけるのだろう。
抱かれるという行為は一方的に快感を得るだけの行為だと、おそらくジュリアスさまは思っていらっしゃる。だが…このままでは…俺が…。
「おまえが…おまえの気持ちが…すまないのか?」
その時、ジュリアスさまがそうおっしゃった。俺は驚いてジュリアスさまを見た。ジュリアスさまの真剣な瞳はさっきと少しも変わってはいない。
「あ……あの…っ」
「そなたも男で、女性経験は豊富なのだったな。……確かに、私に一方的に抱かれるだけでは……なるほど、そなたの沽券に関わる、ということか…。」
「……ジュリアスさまっ……あの…っ」
「……違うのか?そうではないのか?」
「い、いえ…、おっしゃるとおりです…」
「……難しいものだな…」
そうおっしゃったジュリアス様は、軽く俯いて、少し笑われた。俺は、ジュリアスさまが俺のそんなつまらないプライドまで思いやってくださったことに感激した。だが、つまらないプライドでも、俺には……きっと、とても大切なことなのだ。
……ジュリアスさまはそれをわかってくださった。
「承知した。私を抱いてみるが良い。」
そう言って、ジュリアスさまはベッドに半身を起こしたままのその姿で、俺を見つめた。俺はこくりと頷くと、ジュリアスさまにキスをした。だけどまた、舌まで入れると、逆に俺がまた気持ちよくなってしまいそうなので舌は入れずに、そのままくちびるを動かしてみた。首筋、そしてその白く滑らかな胸の、小さな突起。俺はすごく感じる場所なのだが、ジュリアスさまはどうなのだろう。
「ん……っ」
ジュリアスさまが小さく声を出す。俺は必死になってその突起を舐めたり、軽く噛んだりしてみた。だんだんそこが、膨らんで、硬くとがってきたのがわかる。
「ふっ……んん…」
ジュリアスさまの声は俺の体を直撃する。ダメだ、このままでは俺のほうが気持ちよくなってしまうではないか。俺はジュリアスさまを愛撫することだけに集中しようと思って、両手も動かし始めた。背中、脇、腹部……そして…下腹部に…俺の指が這い回る。
これでも女性相手に散々鍛えたはずだ。指遣いには自信がある。あの部分だって、女性よりずっと大きいだけで、仕組みはそう変わらないはずだ。いや、自分にだってついているんだからどこが気持ちいいかなんてよくわかっている。
……などと、言葉にするとかなり馬鹿なことを考えつつ、俺はジュリアスさまが漏らす喘ぎ声を気にしないようにしていた。が…、
「ああっ!」
ジュリアスさまがそう小さく短く叫んで、体をびくっと振るわせたときはさすがに俺も正気に返り、思わずジュリアスさまを見た。
その真っ白い肌は上気してピンク色に染まり、頬を赤く染めて官能に身を置いているジュリアスさまのお顔は、俺にとってどんな媚薬よりも強力であった。
「オ……オスカーっ…も、もうっ……」
俺は思わず、ジュリアスさまの熱い芯を口に含んだ。ジュリアスさまがそういう行為を嫌悪されることは容易に想像がついたが、俺はどうしてもそれをしたかったのだ。
「あ、オスカーっ、何を……っっっ、や、やめるのだっ……」
ジュリアスさまは強く身を捩った。やはり理性的にはお嫌のようだ。だが、体はそうは言っていない。俺の口の中で、ジュリアスさまはどんどん大きくなってくる。ジュリアスさまの抵抗は激しくなり、俺の頭を、その大きな手でぐいぐい押して来る。いや、抵抗というべきではないのだろうか。いつのまにかジュリアスさまの指は俺の髪の毛を掴み、かなり強い力で引っ張っている。結構痛い。早く達していただかなくては俺の髪も危ないような気がする。俺は自分が特に感じると思ったところを集中的に刺激した。
「あ、ああ、い、いや……っ…あ…っ」
ジュリアスさまの声。まるで、さっきの俺の声のような……。ああ、俺ももう我慢が出来ない。俺は口をジュリアスさまから離すと、ジュリアスさまの脚を担ぎ上げ、ジュリアスさまのうしろの蕾を探った。だが……固い。

しまった……まだ、全然無理だ。
完全に俺の読み違いだった。俺だって最初からジュリアスさまに入れるつもりではなかったのだから無理はない。解しもしないでそこに入るわけがない。自分の時でよくわかっているはずではないか。だめだ、ここは使えない。間に合わない。
俺はとっさに、ジュリアスさまと俺のものを一緒に握り、同時に扱いた。
「あ、オスカーっ……ああっ…」
「ジュリ……アス、さまっ!」
俺はジュリアスさまに覆い被さるようにして指で最後の刺激を与え、ジュリアスさまとほとんど同時に達したらしい。まるで長距離を全力で走ったときのように息が上がって、俺はジュリアスさまに覆い被さったまま、荒い呼吸を繰り返していた。
「ジュリアスさま……っ…大丈夫…ですか…っ?」
「…ああ……はあっ…」
ジュリアスさまもはあはあと息を荒げている。その金の髪は汗でご自分と俺の肌に乱れて貼りつき、上気した頬に、放心したような表情がとても艶やかだ。
「あの、俺、……あの…」
……何を言いたいんだ、俺は。
「…あ、ああ……私は…随分と……その…声を…?」
ジュリアスさまは心配そうな顔を俺に向ける。そのどこかはにかむような表情が、俺には堪らない。今までに抱いたどの女性より美しいことは疑いもなかった。
「大丈夫です、ジュリアスさま。俺の腕の中で、あなたは誰より美しく、素敵でした。」
「……ばっ…馬鹿を申すなっ…そなたに…」
「もう、抱かれては下さらないのですか……?」
ジュリアスさまは少し驚いたような顔をして、しばらく考えているようだった。もし、本当にあの行為がいやだったら、もうジュリアスさまは抱かれることを承知はしないだろう。だが、俺にはそうは思えなかった。
「……俺に抱かれて、気持ち良くはなかったのですか……?」
ジュリアスさまの顔が真っ赤になった。
「俺に抱かれるのは、我慢できませんか?」
「別に、そのようなことは申してはおらぬ!」
そうおっしゃって、ジュリアスさまははっとしたような表情になった。そうだ。俺の『誘導尋問』に乗せられたのだ。ジュリアスさまは、ついに、『良かった』と言わされてしまったわけだ。だがそこでジュリアスさまは、キッとした目で俺を睨みつけた。
「オスカーっ!」
「は、はいっ!」
「そなたに抱かれて、良かったことは私も認めよう。だが、これからはそう簡単に抱かれてはやらぬぞ。良いな?」
「は……?」
「再び私を抱きたかったら、そなたがいつも女性を口説いているような、それ相応の努力を持って、私に諾(うん)と言わせて見よ。納得が行かなければ、私は二度と抱かれてはやらぬ。良いか。わかったな?」
「は、はいっ!」
俺は開き直ったあの方の強引な論法に押されて、思わずそう答えてしまった。ジュリアスさまはにっこりと微笑まれて、仰向けのまま俺の肩に手を伸ばすと、ぐいと引き、ご自分はもう片方の手を使って起き上がると、俺を裏返して逆にシーツの上に押し付けた。
「今回のそなたの手管、あまり品の良い行為とは思えぬ。衛生的にもいかがなものか。」
「も、申し訳、ありません……」
「だが……これでそなたのどこを攻めればよいかも良くわかったと言うもの。そなたが念入りに舐ったところは、取りも直さず、そなたのもっとも感じるところだ。そうなのだろう?違うか、オスカー?」
俺は焦った。そうだ。ジュリアスさまのおっしゃることはまったくそのとおりだ。ジュリアスさまは俺を見下ろすと、してやったりと笑った……ように感じた。
「今度は私から行くぞ、良いな?オスカー。」
それから俺がどういう目に遭ったのかは、もう良くは覚えていない。目くるめく快感と言うべきなのか、もう……なんと言ったらいいのか……俺には表現できそうもない。
何度もイかされ、ずいぶんと大きな声を上げさせられたような気もする。泣き疲れるほど泣いた気も…。そして体力と気力を使い果たして、俺はジュリアスさまの胸に凭れて、眠ってしまったようだった。


「昨夜はすまなかった。そなたに良くされたことが、やはり…少し、私は、その…恥ずかしかったのであろうな。つい、むきになってそなたをずいぶん責めてしまったような気がする。私も大人気ないことをしたものだ。申し訳ない。
今日は無理をせず、執務を休め。そなたの分は私が何とかする。起きられるようなら一度湯を浴びて、着替えてもう一度休むが良い。どうだ?」
ジュリアスさまは本当にすまなそうな顔をなさって、そうおっしゃった。そして俺を覗き込み、耳朶に軽くくちづけた。
「あ……」
俺は、実は起き上がる気力もなかった。もうどうしようもなくだるくてそのまま何も答えられずに目を閉じた。
「わかった。辛いのならそのままで良い。だが、ひどく汗もかいたのだし、このまま着替えぬと言うのもな……。仕方ない。」
しばらくそのままでいると、俺の体がふわりと抱き上げられた気がした。意外と力がおありになるのだな、などと思いながらも、俺はそのままジュリアスさまの胸に凭れて目を閉じていた。気持ちがいい。まるで夢のようだ。いや、夢なのかもしれないな。

なんとそのまま、ジュリアスさまは俺にシャワーを浴びさせ、バスローブを羽織らせ、いつの間にかシーツを取り替えたベッドに、再び俺を横たえた。
夢うつつではあったが、湯の温かさ、乾いたバスローブや、糊の効いたシーツの感触は本物だった。

「愛している、オスカー。」
最後に俺の目じりのあたりにキスをして、ジュリアスさまは部屋を出て行かれた。

俺は上掛けに残るジュリアスさまの香りを確かめながら、幸せを噛み締めていた。
ただ、これが全部夢などではないことを祈りながら。


いや、夢でも構わない。
所詮、うたかたの恋なのだ。
今が幸せならそれで構わないではないか。

いつか、俺たちに別れが待っている以上は。


まどろみの中で、少し切なく、俺はそんなことを思っていた。