「A18」

 アロウズ。その名も過去の存在となってしまいました。2003年1月14日、アロウズF1チームの資産が、ロンドン裁判所の管理下に移され、名実共に、同チームの歴史に幕が落とされてしまいました。
 そんなアロウズの終幕を憂いて、アロウズA18を描きました。終幕まで25年間、一度もポディウムの頂点に立つことのなかったアロウズF1。しかしながらこのA18は、一番その「高み」に近づいたマシンでした。
 1997年8月10日・第11戦ハンガリーグランプリ。このグランプリにおいて、デイモン・ヒル駆るA18は、ラスト1周までトップを快走するという快挙を成し遂げます。「軽くて馬力があるが壊れやすい」と称されたヤマハ0X11Aエンジンも、このときばかりはルノーRS9並の信頼性を見せつけ、グリップレベルに優れるブリヂストンタイヤは、安定したコーナーリングを提供し、ポイントリーダーたるジャック・ビルヌーブ(ウィリアムズ・ルノー)を30秒以上後方に突き放していました。最後はギアボックスのトラブルから2位に後退してしまいましたが、アロウズがもっとも輝いた瞬間でもありました。

 そして、この輝きは、二度と帰ってきませんでした。


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