仮想戦記小説のススメ
〜 八八艦隊物語 〜


 近年「仮想戦記小説」というジャンルの小説が多く見られるようになりました。むろん太平洋戦を扱ったifも人気のジャンルでしょう。しかしその多くが「当時の技術力じゃどうにもならん様な超兵器」が登場したり、「当時の階級序列を全く無視した人事により大権を得た提督(将軍)」が、超人じみた作戦指揮を繰り返し、「最終的に太平洋戦争に勝利する」と言う流れのものが多かったと思います。「富嶽重爆撃機」が大戦中期に登場したり、現在の通常動力潜水艦に匹敵する能力を持った「伊○○潜水艦」が暴れ回ったり、山本五十六提督が「大和」に上座し単艦で米戦艦をなぎ払ったり、まあ読み物としては面白い(ものもある)のですが、あまりに非現実的なifを掲げているように思えます。まあ、そうでもしなければアメリカには勝てないというあたりが、現実的と言えばそうなのですが。
 その中で異色の存在なのが、横山信義著「八八艦隊物語」(全5巻)でしょう。この物語は、八八艦隊計画艦(長門級戦艦に続く戦艦建造計画。この計画に於いて、赤城や加賀は戦艦として建造される予定だった)を建艦するため、日露戦争やワシントン条約にまで言及(改編)している点が、そこらの薄っぺらな仮想戦記小説との大きな違いでしょう。大艦巨砲主義と八八艦隊を中心に添えた「もう一つの太平洋戦争」の記述が目的と著者が言っているように、この物語の中には「超兵器」のたぐいは出てきません。超大和級戦艦はもとより、ジェット戦闘機、ワルター機関の潜水艦(笑)なんて影もありません。それどころか「戦艦」中心の開発が続いたという理由で「彗星」「流星」「銀河」といった対艦攻撃可能な航空機の開発が遅れているという設定すらあります。むろんアメリカも同様に戦艦中心の艦隊を組んでいますから、日本軍に倍する戦艦群を有しています。この戦艦群と戦うのですから、八八艦隊といえども無傷では済みません。1隻、また一隻と海戦の度に沈んでいき、ついには日本は降伏する、という歴史は変わりません。ここらへんが、巷の小説と異なり「渋さ」を醸しだしている原因でしょう。
 なお外伝などの関連小説が6刊(本作よりも前に発表されている「鋼鉄のレヴァイアサン」を含む)が既刊となっております。加えて、本伝も文庫版で発刊中ですので一読を勧めます。


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