最高の前戯


今はもう立派な女王と補佐官になった2人の女の子にも、まだただの女王候補
だった頃がありました。
これから語られるのは、その当時聖地で占いをしていた男の子の体に起きた
ある異変の物語です。



男の子の名前はメルといいました。
遠い龍の惑星から女王試験を手伝う為にやって来た火龍族の少年です。

龍族の子供だけあって決して小柄ではないものの、女の子のようにカワイイ顔と
モジモジしちゃう恥ずかしがりやさんな性格のおかげで年よりもずっと幼く見えるので、
みんなは彼を「メルちゃん」と呼んで大変かわいがっていました。

ある日、メルちゃんが目を覚ますと龍族のしるしであるエラの代わりにしましま模様の
猫の耳が生えていたのです。

「ニャニャニャ…?」

鏡の前で首をかしげて呟くと、その声はなぜか「ニャ」としか発音されません。

「ニャニャニャニャ〜〜〜〜〜〜!!!」

びっくりしたメルちゃんがしりもちをつくと、お尻に何か違和感が…

「ニャ??」

おそるおそる振り返ってみると、しましま模様でふわふわした細長いものがくったりと
して床に落ちているのが見えました。
メルちゃんが立ち上がると、それもすぅ〜っと上にあがってきます。
手探りでそれのはしっこを探ってみると、手はメルちゃんのお尻にたどりつきました。

「ウニャーーーー!!!!」

それは、メルちゃんのしっぽだったのです。


              ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


聖地でいちばん偉いのはまちがいなく女王陛下ですが、聖地でいちばん偉そうなのは
まちがいなく光の守護聖ジュリアス様です。

そんな彼の私邸の一室で、主は聖地でいちばん頭のいい2人組になにやら説得されて
いました。

「なぜ私がそのような役目を負わねばならないのだ」

「ええ、ですからね〜、メルを元に戻すには、王子様の…その…、キス…が、ですね、
必要なんですよ〜」

「それは先ほども聞いた。なぜ私がその王子にならねばならないのかを聞いているのだ。
王子といえばティムカなのではないか?」」

「はい。我々もそう考えティムカさんにもご協力をお願いしたのですが、重要なのは「王子」
という肩書きではなく、どうやらメル自身が「王子様」と認識している相手でなくてはいけない
ようなのです」

「あ〜、ジュリアス〜。ぜひ、頼まれてやってくれないですかね〜?」

「お願いしますジュリアス様。このままではメルの将来にも影響が及びます」

「……」

知恵者2人が帰った後で、ジュリアスはメルが待つ部屋にやって来ました。

メルは、豪華なソファに埋もれそうになりながら縮こまって座っていました。
ずいぶん緊張しているようで、テーブルに出されたココアにもまったく手をつけていません。
ジュリアスが説得されている間、ずっとこうして緊張して待っていたのでしょうか
怖がらせないように、なるべく優しい声でジュリアスはメルに話しかけました。

「ココアが冷めてしまったな。新しい物を淹れさせよう」

「ニャっ!?」

ビクッ!と体を震わすと、メルは潤んだ瞳でジュリアスを見上げました。
慌てて冷めたココアを一気飲みし、ふるふると首を振ります。

「ニャ、ニャニャ…ニャニャン…」

わたわたとしながら首から下げた筆談用のホワイトボードに「めいわくかけて 
ごめんなさい ココアおいしいです ごちそうさまでした」と、書き記しているその姿を
見て、ジュリアスはなんだか複雑な気持ちになってくるのを感じました。

今のメルの姿ときたら、頭にはえらの代わりに大きな猫の耳。着ている物はふわふわの
パニエを履いてスカートを風船みたいにふくらませたワンピース。その上に白いエプロンを
して、足元は白いニーソックス。宇宙でも有名なテーマパークのねずみさんが履いて
いるような大きな靴を履いて、ただでさえ細い足がますます華奢に見えています。

(なぜ私は、このような事を細かく観察しているのだ…)

しかも、それを可愛いと感じています。
そんなマニア心を振り払う為、ジュリアスはわざと否定的な口調で言いました。

「…ところでメル、そなたのその格好はなんなのだ? おおかたオリヴィエあたりが着せた
物だろうが、仮にも龍族の代表として恥ずかしいとは思わぬのか」

「ニャっ…!」

メルは、これがマンガだったら「がーん」という文字を背負っていたに違いない顔をして
ホワイトボードに書き込みました。

『メル、しっぽが邪魔でズボンとかスパッツとかはけないから、オリヴィエ様が、スカート
ならしっぽがあっても平気だよ〜んって言っておっしゃって、着せてくれたの』

そこまで書くとボードがいっぱいになってしまったので、ペンの後ろのスポンジで文字を
かーっと消し

『やっぱり、メル変ですか?』

と、ジュリアスに差し出します。
きゅ?と首をかしげる姿が可愛いやら可哀想やら…

「そなた…しっぽまであるのか…」

ジュリアスが思わずあきれて呟くと、メルは立ち上がってスカートをちょっと持ち上げ、
しましまのしっぽがよく見えるようにしました。

「ニャニャ」

「……」

メルは男の子なのに、そんな風にスカートを持ち上げられるとジュリアスはなんだか
動揺してしまいます。
動揺ついでに考えました。

(本当に…するのか…?)

メルを元の火龍族に戻す為には、ジュリアスがキスをしなければいけません。
ジュリアスはもう大人ですのでキスの1つや2つ、しても構わないのですが、メルは…

「…本当に、良いのだな?」

「ニャ??」

ジュリアスの問いかけに、メルが首をかしげました。
それがあんまりにも無邪気だったので、恥ずかしくなってジュリアスは聞き返します。

「いや…その、私がそなたの呪いを解く為に…口づけても良いのだな?」

「ニャ!! …ニャア。ニャニャン」

ぽっ。と頬を染めて、メルはホワイトボードに書き込みました。

『よろしくおねがいします』

ぎゅっと目を閉じるメルの肩に手を置いて、ジュリアスはそぉっと口づけました。



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