simulation  =シミュレイション=



”君”がいけないんだ。
突然、帰ってくるなんて。
会えないと、思っていたのに。

そうやって、僕を悦ばせるから。
・・・君のせいだよ、裕太。

***

買い物に行ってくるわね、と兄弟の母は言い、出ていった。
「仲良くね。」と、付け加えられた言葉。
もう、”とっくみあい”のケンカをするほどの歳は過ぎてるよ、と周助は笑って、言った。
黙って、つまらないテレビを眺めている、裕太。

「・・・・・ねぇ。」

何の意味もないのに、つい声をかけてしまう。それを振り向きもせずに、
面倒くさそうに答える、彼の弟。
「・・・何だよ。」

「蛍光灯、切れかかってるね。」

ほら、チカチカしてる、と周助は言って、意味も無くニコニコ笑った。
そんな兄の様子を横からちらりと眺めて、フン、とまた裕太はそっぽを向いてしまう。

周助は、続けて言った。
「替えておいてあげたら、母さん喜ぶよ。」
「兄貴がやればいいだろ。」そう裕太は言って、初めて相手と目をあわせた。
「裕太がやった方が、母さん喜ぶと思うけどなぁ。」
「何でだよ!」
「普段、家にいないから。」

不二家の母は、3人の子供の母親だが、そのうち1人は、家にいない。
1歳違いの兄と比べられるのが嫌で、家を、兄のいる家を、飛び出した。

叫ぶように声をあげている、相手の様子も全く気にせずに、周助は微笑む。
何で笑ってんだよ、と裕太は小さく告げる。
一瞬だけ真面目な顔をして、周助は答えた。

「裕太、今日はわりと、ちゃんと応えてくれるから、嬉しくて。
たまに、返事すらしてくれないこともあるし。」

母さんもああ言ってたし、”仲良くしようね”と周助は笑って、言った。

***

「・・・・・・・・・・変わってねぇな。」

そう、裕太はつぶやいた。兄の部屋に入ったのは久しぶりだ。
同じ男子中学生の部屋だとは思えないほど、几帳面に片付けられた部屋。 周助はふふと笑ってから、言う。
「裕太、寮の部屋、めちゃくちゃにしてるんだろ?」
「・・・んなに、片付けてるヤツはいねぇよ。」
「いつ、お客サンが来てもいいようにさ、片付けてるんだ。」
そう、周助は言う。それに対し裕太は尋ねた。
「客?・・・・・誰か来んのか、・・・よく・・・?」

尋ねておいて裕太は、その答えを兄から聞きたくなかった。
”うん、よく来るよ”なんて言葉は、聞きたくなかった。具体的な友の名前も。
そんなことは、耳にしたくなかったのだ。
普段離れたところにいるから、知らないで済んでいる事を、
ふいに帰って来た時聞いて、ショックを受けるのは嫌だった。

自分にとって兄は、憎らしいほど大きな存在で、
気にするなと言うほうが無理なくらい、気にかかる存在。

客は来るのかという質問に、周助はしばらく黙ってから、答えた。

「よく、は、来ないけど。
来てほしいけど、いろいろ忙しいみたいで、あんまり帰ってこないから。

・・・呼びたいのは、裕太だけだし。」

綺麗にしておいて良かったなぁ、と、周助はまるで人ごとのように言って、 目を丸くしている裕太に、座ったら?と言って、自分の椅子をすすめた。
そして周助自身は、ベッドに腰掛けた。

「・・・・・・・・・・・・。」

2人の間に、沈黙が流れる。一体、何を話せというのか。
分かる方が変だと、裕太は思う。
彼は急に立ちあがって、兄と同じくベッドに腰掛けて、相手に聞く。

「言われねぇか、・・・・テメー、何か言葉が”おかしい”って。」
「?おかしい??別に言われないけど。」
不思議そうに、周助は首をかしげる。丸い頭が少し振れて、色の薄い髪が少し揺れた。
その様子に、裕太は何故か腹立たしくなって、声を荒げてしまう。
「・・・・ッ!」

さっき座ったところだったのに、すぐにまた立ちあがって、 裕太は部屋を出ていこうとする。
その様子に周助は慌てて、彼を引きとめようとし、

・・・・床の上に倒れた。


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