月を観て、彼の人を想う

赤い月が出ている。こんな夜には、決まって先代のことを思い出す。
・・・別にマルセルでなくとも、先代の守護聖の事を思い出し、感傷的になることはあるのだ。
俺だって例外ではない。

赤い月・・・それは先代の瞳の色。



先代の炎の守護聖、カルマは「怪人」だった。
守護聖なんて変わり者が多いが、カルマは特に変わり者だったと思う。
・・・俺は先代を呼び捨てにしているんだ。
本人がそれを望んだから。

聖地に召還されて、あれこれと説明を受けたあと、俺は彼に会った。
カルマは、これが守護聖か?と疑問に思う外見をしていた。
身長はそれほど高くなく170cm程度(当時から俺の方が高かった) 黒い髪に赤い目で、黒いマントのようなものを着ている。
それだけなら地味だが、マントの裏地が赤なのだ。
それをひらつかせ、はははと声高に笑う彼は、子供向けの本に出てくる「怪人」そのものだった。
握手をしてから、彼は言った。
「わたしはカルマ、炎の守護聖。よろしく、わたしの後継者よ。」
外見に似合わず、随分落ち着いた声だった。
後で聞いたのだが、彼は30歳らしい。30であんな格好なのはどうか、と思った。
聖地に彼を注意する奴は、いなかったのか。

それから、急に尋ねられた。
「オスカー、お前は随分もてそうだな。」
まぁ、と俺はあいまいな返事をした。
すでに庭園で、素敵な女性に声をかけていた俺は、その事を注意されるのかと思った。
しかし先代の言う事は違った。彼はフフンと笑ってから、俺に一歩近づいて、囁いた。

「わたしはな・・・女性と寝たことがない。」

一瞬の間があってから、俺は意味を察して思わず身をひいた。
その様子を見て、先代はゲラゲラ笑い、こう言った。
「はっはっは、慌てるな、そういう意味じゃない。
別に男に興味がある訳じゃない。言葉の通りなんだ。
わたしは恋愛というものに、まるっきり関心がなくてな。女性を知らん。だから・・・」
先代は続けた。
「わたしは分からないが、たまにはハメを外したくもなるのだろう?
だから、そういう事はわたしに聞いても駄目だぞ。
そうだな・・・外界(そと)に行きたいなら、カティスに会った時、聞いてみるといい。」

聞けば先代は、守護聖になる前は神官だったそうだ。
まわりは、じいさんとばあさんばかりで、若い男女を見たのも、
聖地に来てからだという。

***

先代は、人間の3大欲求のうち1つが欠落していた。
世の中うまくいっていると言うべきか、その分先代は、他の欲が非常に強かった。
炎の守護聖カルマは「食い道楽」だった。

俺が彼の執務室に行くと、部屋の主は本を読んでいた。
誰から借りたのか知らないが、(多分あの、のほほんとした地の守護聖からだろう)タイトルがおかしい。
視力の良い俺には見えた。
「複合料理」
また何かやらかす気かと、俺は心配になった。
なんでも過去、ケーキか何かを作ろうとして、生卵を光の守護聖の顔にぶつけたという話を聞いたぞ。

「やぁオスカー、ちょうどよいところに。」
「何が・・・ちょうどよかったのですか。」
嫌なことを言われる予感がして、俺は身構えた。
「相談なのだが、この本に載っている、カレエウドンという料理が食べたくてしょうがない。
しかし、作り方が分からないのだ。
カレエというのは、あのカレーでいいのだろうか?
ウドンとは何だろう?」
「地の守護聖様にでも聞いたらいかがですか。
それより俺は、サクリアの送り方について少し質問が・・・。」
「駄目だ、オスカー。このカレエウドンの謎を解決できないと、お前に講釈できん。」

謎って・・・。先代はいつも、食べ物のことが優先らしい。
俺は話の矛先を変えようと、言った。
「カレエウドンの他に、おいしそうなものはなかったのですか?」
「そうだそうだ、ある!これだ、イチゴダイフク。
これは比較的簡単そうだぞ。イチゴはあのいちごだろうし、ダイフクもどんな菓子かは分かった。
ただ問題は、いちごをどの部分に含ませるのかというものだ・・・。
細かく刻んで、もちに混ぜ込むのだろうか?」

俺は、いちごが刻んで入れてあろうと、上にのってようと、まるごと中に入ってようと、どうでもよかった。
サクリアの送り方を教えてもらえないと困る。
しかし、今のカルマには、「後継者を指導する」ということより、カレエウドンとイチゴダイフクの方が重要らしい。
話にならない、と諦めて俺は先代の部屋を出た。


「お疲れさまです。」
廊下でふいに声をかけられた。先代の秘書だった。
俺は、尋ねた。
「お疲れさま・・・というのには、何か意味があるのか?」
「お疲れのようでしたので。カルマ様は、また何かに熱中されていましたか?」
と秘書の彼は答えた。また、というからには、よくあることなのだな、と俺は理解した。俺は言った。
「あんた、大変だな。あんな人の秘書で。」
それを聞いて、秘書の彼は笑った。
「ははは。でもカルマ様は優しい方ですよ。
外界(そと)にもめったに出かけられませんから、心配することもないですし。」

俺たち2人の後ろから、コツコツという足音がしたので、俺はふりかえった。
見ると、ねずみ色の髪をした長身の男が歩いてくる所だった。
数回しか会ってないが、俺は彼が苦手だった。

名前はグラディウス、水の守護聖。
彼は、2mを超える長身に似合った大きな手に一つ、鉢を持っていた。
「これはグラディウス様、こんにちは。」
と炎の守護聖の秘書。
「やぁこんにちは。クーは在室かな?」
と水の守護聖。クーというのは、先代カルマの愛称だ。(彼が使っているのしか、聞いたことがないが)
「いらっしゃるみたいですよ。」
と秘書の彼は、俺をちょっと見てから言った。

「あぁ、オスカー君、いたんだね。」

と、水の守護聖は俺に向かって言った。
いたんだね、ではない。
俺は、この人が明らかに俺を子供扱いしているのが嫌いだった。(君づけなんてされてるし)
彼は、先代と同じ30歳らしいが、やっぱり30歳に見えない。
大体、30になって同じ歳の同僚を愛称で呼ぶか、フツー?

「あの人ならいますけど、話聞きませんよ、今は。」
と俺は言った。しかし水の守護聖は、
「ははぁ、また何か面白い料理の話でも仕入れたんだね。
わかったよ。」
と言って、俺の忠告を無視して部屋に入っていった。

***

「クー、邪魔するよ。
ヒヤシンスの水栽培が上手くいったんだ、あげるから飾ってくれないかな?」
「グラディウス!久しぶりだな。
後継者の指導は進んでるか?」
「順調だよ。それより、君の後継者のボクが廊下で待ってたけど、いいの?」

水の守護聖が尋ねると、炎の守護聖は言った。
「あぁ、オスカーのことか。
いいんだ、あいつは飲みこみが速くてな、進みすぎてるくらいなんだ。
このままで行くと、後半やることがなくなる。」
そういえば、と言ってカルマは続けた。
「わたしは、お前の後継者にまだ会ってないな。どんな人物なんだ?」
水の守護聖は笑って、答えた。
「一緒に倉庫を片付けたら、はかどったよ。」

彼のセリフは的を外しているような気がする。しかしその点には 全く触れずに、炎の守護聖は言った。
「綺麗好きということか。」
「そうだね。」
じゃあね、と言って、グラディウスは部屋を出た。

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