サテライト 3


タイムリミットはあと2日だ、と恭四郎は思った。

***

1月5日。土曜日。土曜日なので、5人は午後から集まっている。
恭四郎が「あと2日しかない」と思ったのは、7日で冬休みが終わるからだ。
冬休み中に、このワケの分からない騒動を終わらせなくては、 自分は(すでに自分だけ、不幸が舞い込むと悟っているらしい)一生、「天の声」に こき使われてしまう、と恭四郎は考えた。

なので恭四郎は考えた。
「ない頭をひねって」という言葉があるが、その反対で、市内でも一、二を争う 秀才の彼は、鋭い頭脳をフル活動させて、「謎」を解く糸口を探している。

相変わらず他の4人は、お気楽な感じで、わいわいしゃべっている。
恭四郎は気づいたのだが、社会人組の静一と恵子は、 自分の知らない間に・・・知りたかったわけでもないが・・・、 「イイ感じ」になっているようだ。
「そりゃ良かったな」と心の中でつぶやいて、恭四郎は、隣の席の女子高生を見た。
昨日ケンカしてから、何だか妙に意識してしまう。
まずい、やっかいな女に惚れたな、と恭四郎は冷静に思った。


その「きっかけ」を与えたのは、今ハヤリの、携帯電話だった。

ハルカ「あ〜、恵子さんの、最新型だー。カワイイ。」
恵子「デザインが可愛かったから、変えちゃったのよね。」
なずな「アタシもケイタイ持ってるよ〜。」
静一「あぁ、ホントだ。可愛いね、プリクラは誰?お母さん?」
なずな「うん。」

恵子は、静一の出したケイタイを覗き込んで、言った。
「あ、これCMでやってるのと、同じ・・・」

テレビみたい、と言って、恵子は笑う。どうやら、静一のケイタイのメモリに入っている、 「名前」のことを言っているらしい。
言われて静一も笑って、ハルカとなずな(と恭四郎)に向かって、ケイタイの画面を差し出した。
「読めますか?」と静一。

      ”鏑木 一郎”

「え?なに、いちろう?」とハルカは言った。
「アタシ分かんな〜い。習ってないもん。」となずな。
彼女たちの横の恭四郎は、自分だけのけ者なのが気に入らなかったので、 ふてくされて、答えた。
「かぶらぎ だろ。」

そうです、かぶらぎって読むんですよ、と静一は答えた。微笑みながら彼は続ける。
「僕自身も鏑木かぶらぎなので、 今まであまり意識したことはなかったんですけど、やっぱりテレビでやると、皆言いますね。」

その言葉に、「何ィー!!」と叫ぶ、恭四郎。突然のことに4人は、唖然とする。
「な、何なのよいきなり。」とハルカは言った。
恭四郎は、足をダンダンと鳴らしてから、叫んだ。

「ちくしょう、シャレか!!」

***

恭四郎は、腕を組んで、ひとり立ちあがって、言った。

「全員、名前をフルネームで言ってみてくれ。」

は?とハルカは言ったが、円のかたちに座っている5人なので、順番からしてハルカが 最初ということになり、彼女は、しぶしぶ言った。

「せりざわ はるか」
「もり なずな〜」
「かぶらぎ せいいち」
「おおね けいこ」

最後の女性の言葉に、静一は言う。
「恵子さん、おおねさんとおっしゃるんですか。」
どうやら彼は、彼女の名字を知らなかったらしい。
隣の方を向いて恵子は答える。

「えぇ。昔は、”大根足だいこんあし〜!大根足〜!!”って、からかわれたものよ。
大根だいこんって書いて、おおねって読むものだから。」

恭四郎は座って、4人に向かって言った。

「俺は、五京ごぎょう 恭四郎と言うんだ。
・・・・シャレだ、”春の七草”の。」

***

「・・・・・・・・・・・・・・。」

皆、黙っている。少しの沈黙のあと、ハルカは言った。
「・・・だから?」

だからじゃねぇ!!と恭四郎は叫びたいところだった。
4人は「真実を知った」ということの、重大さに気づいていないらしい。
それはそうだ。「そこから抜け出したい」と思っているのは、恭四郎だけなのだから。

彼が次の言葉を言おうとした時に、恵子が言った。
「恭四郎クンってさ、五京ってもしかして・・・五京財閥の?」
そうなんですか!?と驚いて、静一も尋ねる。
そんな大人2人に向かって恭四郎は、あー!と叫んでから、答えた。

「五京財閥って言うなー!
そもそも、今どき”財閥”なんてあるわけねぇだろ、
1945年に財閥は解体されてんだから。」

まるで歴史の教科書のようなことをいう、彼。
その、ムキになるところからして、恭四郎は五京財閥、もとい、大企業の「五京グループ」の関係者であるらしい。
”だから名字言いたくなかったんだよ”と彼の言葉。彼が4人と初めて会ったとき、下の名前しか言わなかったのは、 そういう理由があったからだ。

・・・言っていれば、5人の名前がシャレであることに、もっと早く気づいただろうが。

ともかく、一刻もはやく「使命」から抜け出したかった恭四郎は、 上、「天」に向かって、叫んだ。
「どうだ、海王星人さんよ!俺たちは、そういった理由で集められてんだろ!
当たりだったら、約束通り、俺たちを解放しろよな!」

少しの沈黙。それから、ふはははという声がして、「天の声」は、ひとこと言った。
「・・・・それでは、”おひらき”!」

だん だん だん だん だん と、天から5つの物体が落ちてきた。
あまり重くはないので、衝撃は大したことはなかったのだが、恭四郎はその「落ちてきたもの」を見て、あきれた。

円盤状のものを5等分にわってある、ケーキのピースのような形で、色は白い。
静一は、ぽつりとつぶやいた。

「かがみ餅ですね。
・・・1月7日はかがみ開きで、七草粥を食べるからでしょうか。」※注1

***

考えてみると、
やはりあの「天の声」は、変わったことが出来ることからして、宇宙人なのだと思う。
海王星に住んでいるのかどうかは、ともかく。

「やつ」は、俺が途中で気づかなくても、1月7日で「この遊び」を切り上げるつもりだったのだ。
そう、恭四郎は考察する。
日本中の人間が、正月で頭がめでたくなっている時期、からかってやろうかと考えたわけだ。
予想外だったのは、恭四郎が受験生で、正月など関係なく過ごしていたことか。

1月6日、日曜日。恭四郎は街を歩いていた。横には、「気の強い女」。
「受験生なんでしょ?出かけててもいいの?」
そういう、ハルカ。”息ぬきも必要だろ?”という、彼の言葉。

「じゃあ反対に、何で勉強してるの?
”K高の五京”っていったら、6大学の入試模擬試験で満点取ったとか、そういう噂で持ちきりの、 ”スーパー高校生”でしょう?他校の私だって知ってるわよ?」
そうハルカが言うと、恭四郎は誉められたのに「うるせぇな」と言った。

「俺はな、勉強して勉強して、”好きなこと”をするんだ。
誰が、五京グループの系列の会社なんかに入ってやるもんか。」
「何かやりたいこと、あるの?」
「・・・別にねぇ。」
「じゃあアンタ、裁判官とか国会議員とか、そういう”公務員”にならなきゃ、無理よ。
五京グループなんて、ホント全国網羅してんだから。フツーのサラリーマンになったら、勤めたも同じよ?」
「分かってるよ。」

恭四郎は、素直に答えた。
別にやりたいことがあるわけじゃないけれど、ひとの敷いたレールを走るのは嫌だから。
だから、反発している。素直になれたらいいと思ってるのに。

「結構いいじゃない、裁判官とか、国会議員とかになって、
アンタは”悪”を裁くのよ。”バランス”ってね。」
そう言ってハルカは、女子高生らしくケラケラ笑った。
「別に、裁判官や議員は悪を裁かねぇだろ」と恭四郎はつぶやいたが。

静一と恵子は、今日はデートであるらしい。
まぁ、自分たちも同じようなものではあるが・・・と恭四郎は考える。
妙な騒動は終わったが、得た人間関係は続行中で・・・。

恭四郎は思うのだ。
見た目とは違って(というと、彼女に怒られそうだが)ロマンチストであるハルカと、 星を眺めにプラネタリウムに行って、「ひまだな」とつぶやく生活も、
まぁ悪くないかな、と。

                    *おしまい*

「阿波屋物物堂」かざりさんに捧げます。


注1について→「あとがき」を見ていただけると嬉しいです。


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